ぎりぎり最終日に間に合いました。
少し怖いかも、と思っていた
大きく口を開けた人物の絵は
黒人霊歌から着想を得たものだと知り、
怖さより祈りを感じると、
なんだか泣けてきました。
とにかく多作。
そして、あらゆる技法を試して挑戦していたようです。
見て良かった。
ただ、やはり、「水俣が生んだ」と言っても
秀島さんにとって、水俣はいい場所ではなかったのだと想像します。
作品のほとんどが、晩年を過ごした和水町の所蔵です。
水俣にはありません。
漏れ聞いた話では、
絵を寄贈しようとした秀島さんに対し、
当時のおエライさんがとても失礼なことを言ったらしい。
残念でしかありません。
友人の「水俣の敵は水俣にいるんだよ」という言葉に
妙に納得してしまいました。


