ラパラルアーが他のルアーと一線を画し、これだけ長きにわたり世界中で愛され続け、そして未だに釣れ続けているのは何故なんだろう?
単純にそんな疑問が浮かびますが…
バルサ故の軽さ、その浮力で動き出しからの圧倒的なレスポンスを発生させ、実はベイトの質量に非常に近い…
重心移動を一切搭載しない為 動きの違和感がなく、魚の吸い込みやすさが軽さも相まって抜群である
それもありますが イヤイヤ…実はそこには、もっと根本的で ベーシックな、明確な理由 答えがあります
なんだか長くなりそうな予感がしますね(笑)
ラパラの創始者、ラウリラパラおじさんは漁師です、湖の畔で毎日漁に出るラウリさん
ある日、小さな木船の上から毎日見るベイトボール(小魚の群れ)で、決まって食われるベイトの、ある法則性に気づきます
それは“弱った動き”
襲われる小魚は決まって大多数とは違う、その弱々しい動きをしている事を発見し
それからと言うもの、ベイトボールの中でどの魚が襲われるか…言い当てられるようになったと言います
そしてその動きを醸し出すべく、試行錯誤の末にたどり着いたのがあの有名なバルサ成形 オリジナルフローティング・ラパラミノー な訳です
その釣れっぷりの噂は北欧はおろか、瞬く間にヨーロッパ全土を駆け巡り、やがてはヘルシンキオリンピックを機についに海を渡りバスフィッシングの本場 アメリカへ、当然のように米でもラパラフィーバーは波のように広まります
そしてたかが1つのハンドメイドのミノーが何百万個ものバックオーダーを抱えるようになり…湖畔ではラパラミノー専門のレンタルショップまで登場したと言うから驚きです
ルアーではなく、ラパラミノー専門のレンタルショップです (^_^;)
『貸しラパラミノーあります。』的なのぼりでもはためいていたんでしょうか、いづれにせよ想像にさえ及びません
そんなこんなで日本にも正規輸入が始まったのが確か…1970年代後半くらいでしょうか
小学校高学年に差し掛かった自分は、やっと自分のお小遣いで高級ルアー“ラパラミノー”を手に入れ、そのラパラの凄さ美しさに類に漏れず虜になってゆく訳です

これがその頃から生き残った精鋭達…オールドラパラの象徴、腹巻き口紅タイプ、この説明は後程、勿論魂のこもった面々です
自分はオールドラパラやデッドストックを状態保存したり、箱や応募券等を収集するいわゆるラパリストではなく
惚れたルアーは使ってナンボのラパラーなのでどれも使いこんでボロボロです
亡くなったラパラ様は数知れず、今思えばもっと大事に使ってやれば良かったと…(^_^;)

中でも大好きな古株、つや消しオレンジGFRカラーのお爺ラパラ様(笑)
年代によりそれぞれ違う特徴的なリップの刻印も…

見て! “Rapala”のRの文字がカッチョいいタイプ、70年代の生き残り 渋いっ!
因みにラパラリップの刻印の話しは誰もが知るところだけど一応捕捉を

同じラパラルアーでもFINLAND製とIRELAND製の物があって、古い物は全てFINLANDの刻印…今の物はどうなってんだかは知らない
80年後半から90年辺に入るとラパラはIRELANDに工場を新設し、そちらで作られた物が混じってきてIRELAND製に移項していく感じだったかと…記憶便りです
更に古いタイプのフローティングには…

こんな風に“ラパラフローティング”の上に“original”の刻印が入っちゃってます…あぁ~なんだかジュン♪と来ちゃいますね
興味の無い人にとっては何て事ないダダ長いだけの時代遅れなルアーの話しですが、なんだろう…
ラパラには今のハードルアーが失いつつある物や、忘れちゃいけない部分てのが詰まってる気がする
最先端のテクノロジー、ナンタラ塗装、ナンヤラアクション、神だの…奇跡だの…
訳のわからない言葉だけが独り歩きする現状
本当に実力の確かな物は誰が使っても同じように釣れて同じように動く
過剰な宣伝や特別な事はしなくともラパラのように脈々とアングラーに受け継がれていくんだろうなと思います
昨年あれだけ紙面を賑わせたルアーが全く出なくなり、やがてひっそりと店頭から消えカタログ落ち
あれだけコンセプトを大声で謳っていた開発メーカープロですら無き事のように葬り黙秘権執行…
そして大事な試合でも一切使わない…確かそれでしか釣れない魚がいるんじゃなかったのかぃ オゥ!!
まぁ事情は多々あるにせよ、そのおたくらが開発したルアーの向こう側には
ワクワクしながら大事に貯めたお金を使い、フィールドでジンジンに濡れながら“釣れちゃうかも♪”と、朝イチの朝モヤの中で 期待と股間を膨らませているアングラーが山ほどいるってこと
絶対に忘れてほしくないね…ラパラのようにさっ…
次回後編…ってまだ続くのかよ!(^_^;)
単純にそんな疑問が浮かびますが…
バルサ故の軽さ、その浮力で動き出しからの圧倒的なレスポンスを発生させ、実はベイトの質量に非常に近い…
重心移動を一切搭載しない為 動きの違和感がなく、魚の吸い込みやすさが軽さも相まって抜群である
それもありますが イヤイヤ…実はそこには、もっと根本的で ベーシックな、明確な理由 答えがあります
なんだか長くなりそうな予感がしますね(笑)
ラパラの創始者、ラウリラパラおじさんは漁師です、湖の畔で毎日漁に出るラウリさん
ある日、小さな木船の上から毎日見るベイトボール(小魚の群れ)で、決まって食われるベイトの、ある法則性に気づきます
それは“弱った動き”
襲われる小魚は決まって大多数とは違う、その弱々しい動きをしている事を発見し
それからと言うもの、ベイトボールの中でどの魚が襲われるか…言い当てられるようになったと言います
そしてその動きを醸し出すべく、試行錯誤の末にたどり着いたのがあの有名なバルサ成形 オリジナルフローティング・ラパラミノー な訳です
その釣れっぷりの噂は北欧はおろか、瞬く間にヨーロッパ全土を駆け巡り、やがてはヘルシンキオリンピックを機についに海を渡りバスフィッシングの本場 アメリカへ、当然のように米でもラパラフィーバーは波のように広まります
そしてたかが1つのハンドメイドのミノーが何百万個ものバックオーダーを抱えるようになり…湖畔ではラパラミノー専門のレンタルショップまで登場したと言うから驚きです

ルアーではなく、ラパラミノー専門のレンタルショップです (^_^;)
『貸しラパラミノーあります。』的なのぼりでもはためいていたんでしょうか、いづれにせよ想像にさえ及びません

そんなこんなで日本にも正規輸入が始まったのが確か…1970年代後半くらいでしょうか
小学校高学年に差し掛かった自分は、やっと自分のお小遣いで高級ルアー“ラパラミノー”を手に入れ、そのラパラの凄さ美しさに類に漏れず虜になってゆく訳です


これがその頃から生き残った精鋭達…オールドラパラの象徴、腹巻き口紅タイプ、この説明は後程、勿論魂のこもった面々です
自分はオールドラパラやデッドストックを状態保存したり、箱や応募券等を収集するいわゆるラパリストではなく
惚れたルアーは使ってナンボのラパラーなのでどれも使いこんでボロボロです

亡くなったラパラ様は数知れず、今思えばもっと大事に使ってやれば良かったと…(^_^;)

中でも大好きな古株、つや消しオレンジGFRカラーのお爺ラパラ様(笑)
年代によりそれぞれ違う特徴的なリップの刻印も…

見て! “Rapala”のRの文字がカッチョいいタイプ、70年代の生き残り 渋いっ!
因みにラパラリップの刻印の話しは誰もが知るところだけど一応捕捉を

同じラパラルアーでもFINLAND製とIRELAND製の物があって、古い物は全てFINLANDの刻印…今の物はどうなってんだかは知らない

80年後半から90年辺に入るとラパラはIRELANDに工場を新設し、そちらで作られた物が混じってきてIRELAND製に移項していく感じだったかと…記憶便りです

更に古いタイプのフローティングには…

こんな風に“ラパラフローティング”の上に“original”の刻印が入っちゃってます…あぁ~なんだかジュン♪と来ちゃいますね
興味の無い人にとっては何て事ないダダ長いだけの時代遅れなルアーの話しですが、なんだろう…
ラパラには今のハードルアーが失いつつある物や、忘れちゃいけない部分てのが詰まってる気がする
最先端のテクノロジー、ナンタラ塗装、ナンヤラアクション、神だの…奇跡だの…

本当に実力の確かな物は誰が使っても同じように釣れて同じように動く
過剰な宣伝や特別な事はしなくともラパラのように脈々とアングラーに受け継がれていくんだろうなと思います
昨年あれだけ紙面を賑わせたルアーが全く出なくなり、やがてひっそりと店頭から消えカタログ落ち
あれだけコンセプトを大声で謳っていた開発メーカープロですら無き事のように葬り黙秘権執行…
そして大事な試合でも一切使わない…確かそれでしか釣れない魚がいるんじゃなかったのかぃ オゥ!!
まぁ事情は多々あるにせよ、そのおたくらが開発したルアーの向こう側には
ワクワクしながら大事に貯めたお金を使い、フィールドでジンジンに濡れながら“釣れちゃうかも♪”と、朝イチの朝モヤの中で 期待と股間を膨らませているアングラーが山ほどいるってこと
絶対に忘れてほしくないね…ラパラのようにさっ…
次回後編…ってまだ続くのかよ!(^_^;)