プロ選手の生い立ち | ほのぼのバレーボールLIFE

プロ選手の生い立ち

今日は、1月18日の続き、続編を書きたいと思います。


Vリーグや世界を相手に戦う全日本。


バレーを職として戦う人たちはどのような


出来事、きっかけでこのような舞台に立つことが


できるのでしょうか。



今日も、みなさんも知ってる有名な選手の紹介、


プロになるきっかけとなった出来事を紹介したいと思います。



今日もこの本を参考にさせてもらいます。





《男子》


全日本のヤマコフこと、山村 宏太選手について書きたいと思います。




全日本には欠かせない人材となった山村選手。


世界選手権でも全試合スタメン出場で、8強への


大きな活躍をしたセンターの一人です。


チームから言わせるととても頭が良いのだとか・・・。



ではでは、この山村選手を紹介していきたいと思います。



年齢/26歳


クラブ/サントリー・サンバーズ


ポジション/ミドルブロッカー


身長/205cm


体重/95kg


最高到達点/350cm


血液型/O型



エピソード1 0~9歳


父親の仕事の関係でアメリカのロスで誕生(2歳で帰ってきたので英語は喋れないそうです)


4800gで生まれた巨大児だったが、そのときはすごいカワイイ幼児で、町を歩くと10人9人まで


もが『OH!キュート!」と言ったとか・・



エピソード2 10~19歳


よく遊んでた。朝6時くらいに学校へ行き、始業前にまずひと遊びみたいな・・。


大林(素子)さんとオーバーパスをさせてもらったのが小学校6年生のとき。


背は大きくて(現在205cm)中学校に入学するときが160cm、卒業するときは


192cmに!! 1番背が伸びたのは中学校3年生で13cm。でもまだバレーは遊び程度。



エピソード3 20~26歳


本人は、悪さを覚えて人間らしくなった(笑) 10歳のときはまじめだったんで。


それで味が出たというか幅が出てきた。肉体の成長期は10代で、人間的成長期は20代だといいます。



1980年   10月20日誕生


1987年   八坂小学校入学


1990年   小学校4年生のときバレーを始める


1993年   東村山第七中学校入学


1996年   錦城高校入学


1998年   国体出場、高校選抜メンバーに選ばれ中国に遠征


1999年   筑波大学入学、インカレ出場


2000年   インカレ2連覇


2001年   インカレ3連覇


2002年   インカレ4連覇、全日本初選出


2003年   ユニバーシアード2位


2005年   アジア選手権優勝、ワールドグランドチャンピオンズカップ出場


2006年   世界バレー出場






ということで、やはり全日本選手らしい人生を送っていますね。


これからの山村選手の活躍に期待したいと思います。





みなさんのこの選手のプロフィールを載せてほしいなどというご要望がありましたら、


コメント、またはメッセージでお伝えいただけたら、明日、または明後日にその記事を載せたいと思います。

                                  (要望が複数でしたら僕のきまぐれということで決めさせてもらいます