あの日からもう2年。
私にとっては25日の方が辛くて、
あ、午前中面会に行ってた時間だな。なんかおかしい、嫌な予感がしてたな。
支援学校に話し合いに行ってたな。未来を見ていたのになぁ…
CV入れるから待ってくれといわれて、結構待ってたな…
やっと面会出来たら、状態が悪くて…もしかして、もう…と思ったんだった…
日を跨いで、1時27分、
ダンナとずっと起きてた。
その時間を過ぎてしまえば、気持ちは持ち直した。
26日は職場の人達が数人来てくれた。
こうやって来てくれることが本当にありがたい。
時がたつにつれ、おまいりしてくれる人は減り、おまいりは難しくても連絡くれる人も減り、
きっとこの世の中からモコという存在が薄くなっていってしまってるんだろうなぁ…と感じる。
でも完全に消えてしまわないのは、こうやって来てくれたり連絡してくれる人達、覚えてくれている人達、そして私達、
それからモコの生きた証しを残したいと学会発表するダンナの発表、がいるから。在るから。
だから消えたりしないんだろうな。
来てくれた人達と賑やかに過ごし、
きっとモコちゃんも耳を澄まして聞いてるよね、こういう話はしれーっと聞いてたよね、
と話した。
こういう風に命日を過ごせること、モコもきっと望んでると思う。
昼間は3回忌に来れなかった私の両親が来てくれた。
お弁当買ってきてくれて、食べて、喋って、かなごんの運動会の映像を見て、帰っていった。
また会えるのは年末かな。
帰った親から、私が明るくなったね、と話したとメッセージがきた。
月日がたったんだな、と自分で思った。
きれいごとだけではなくて、
もっと細かく診てくれる医療機関にかかってたら、都会の病院だったら、
あのとき念のため挿管してくれてたら…
原因を突き止めてくれる医療者に出会えてたら…
きっとまだモコは私たちと一緒に生きていたのに、今もバギーでお出かけできてたのに、
小学生になれたのに、
そんな思いだって浮かんでくる。
大切な娘をなくしたのだもの。
自分たちの後悔だけではなく、他者にだって色々思う。
いつまででも思う。
うっすら思ってても、当時は黒い気持ちを開放することは出来なくて、それを抱えきれなくて、感謝の気持ちだけ出してた。
今は害のない感じで開放することができる。
「時間」のおかげ、せい、なのか。
モコがくれた6年間、それは楽しいだけではなかったけど、モコじゃないと与えられなかった時間で、
とても尊い6年間だった。
この6年間、モコとの人生を礎にした今後の人生の選択をしていきたい。
お母さんはそう思ってるよ、モコさん。