かなごんとモコの喜怒哀楽な生活 -12ページ目

かなごんとモコの喜怒哀楽な生活

思いがけない2人目の病気。水無脳症。
生まれるまでの不安や葛藤、無事生まれてきてからの生活などを綴ります。

26日は命日でした。
あの日からもう2年。

私にとっては25日の方が辛くて、

あ、午前中面会に行ってた時間だな。なんかおかしい、嫌な予感がしてたな。

支援学校に話し合いに行ってたな。未来を見ていたのになぁ…

CV入れるから待ってくれといわれて、結構待ってたな…

やっと面会出来たら、状態が悪くて…もしかして、もう…と思ったんだった…

日を跨いで、1時27分、
ダンナとずっと起きてた。
その時間を過ぎてしまえば、気持ちは持ち直した。

26日は職場の人達が数人来てくれた。
こうやって来てくれることが本当にありがたい。
時がたつにつれ、おまいりしてくれる人は減り、おまいりは難しくても連絡くれる人も減り、
きっとこの世の中からモコという存在が薄くなっていってしまってるんだろうなぁ…と感じる。

でも完全に消えてしまわないのは、こうやって来てくれたり連絡してくれる人達、覚えてくれている人達、そして私達、
それからモコの生きた証しを残したいと学会発表するダンナの発表、がいるから。在るから。
だから消えたりしないんだろうな。

来てくれた人達と賑やかに過ごし、
きっとモコちゃんも耳を澄まして聞いてるよね、こういう話はしれーっと聞いてたよね、
と話した。
こういう風に命日を過ごせること、モコもきっと望んでると思う。

昼間は3回忌に来れなかった私の両親が来てくれた。
お弁当買ってきてくれて、食べて、喋って、かなごんの運動会の映像を見て、帰っていった。
また会えるのは年末かな。

帰った親から、私が明るくなったね、と話したとメッセージがきた。
月日がたったんだな、と自分で思った。

きれいごとだけではなくて、
もっと細かく診てくれる医療機関にかかってたら、都会の病院だったら、
あのとき念のため挿管してくれてたら…
原因を突き止めてくれる医療者に出会えてたら…
きっとまだモコは私たちと一緒に生きていたのに、今もバギーでお出かけできてたのに、
小学生になれたのに、
そんな思いだって浮かんでくる。

大切な娘をなくしたのだもの。
自分たちの後悔だけではなく、他者にだって色々思う。
いつまででも思う。
うっすら思ってても、当時は黒い気持ちを開放することは出来なくて、それを抱えきれなくて、感謝の気持ちだけ出してた。
今は害のない感じで開放することができる。
「時間」のおかげ、せい、なのか。

モコがくれた6年間、それは楽しいだけではなかったけど、モコじゃないと与えられなかった時間で、
とても尊い6年間だった。

この6年間、モコとの人生を礎にした今後の人生の選択をしていきたい。
お母さんはそう思ってるよ、モコさん。
皆さん、台風の影響、被害はなかったでしょうか。
モコさんの先輩、お友達がいる地域に大きな被害をもたらしていったので、とても心配です。
朝まで在った命が失われること、辛い…


先日モコさんの3回忌を行いました。
昨年の一周忌を命日の翌日に行ったら、落ち着いて命日迎えられないし、一周忌のことでソワソワするし…で、
やはりセオリー通り命日前に法要は行おうと学んだため、
お寺の都合もあり、命日2週間前に行いました。
昔から言われてることには意味があるんだなと、法事を執り行うと感じることがあります。

台風が当初かなりこちらの地域よりだったので、行えるかどうか心配していましたが、なんとか大丈夫でした。
ただ、強風域ギリギリ入ってないくらいなのにいつまでも風が強く、それもいつもの台風くらいの強さ。
直撃する地域、暴風域はどれだけ風が強いのか…ぞっとしました。

お寺には久しぶりにうかがいました。
周囲の自然、空気感、落ち着きます。
みんなが揃い、始まり、
甥っ子姪っ子たちがわやわやする中で、滞りなく法要は終わりました。
ご住職がお話をして下さったのですが、
モコさんは短い人生だったが、きっと精一杯生き抜いたのではないか、そんなモコさんに恥じない生き方が出来ているかどうか、そんな宿題を私たちが与えられ考えることがこの3回忌なのではないでしょうか、
という内容でした。

ダンナはモコのことがあり呼吸の認定士をとり、学会で発表をし、というやり方。
私は同じような子達が集まる機会を作り、相談支援従事者の研修を受け、様々な支援の仕方を学ぶ、というやり方。

同じモコの親であっても、最終的な目標は同じであるとしても、やり方や道が違う私たち。
お互いくじけることもままあるけれど、モコに胸張って言える生き方を、と思い、頑張っていきたいなと思います。

法要後はお食事。
今回は今までと違うところを予約しました。
温泉もあるホテルの会場。
行ったことないところだったのですが、到着してみると海のすぐ側。
海を見たことない甥っ子姪っ子は大興奮。
「うみだー!!!」
と叫んで浜辺に行こうとしてましたが、ご飯食べてからねーとなだめて会場へ。

会場は外観から雰囲気がよく、中も落ち着いたお宿という感じ。
食事会場には海の音が流れてました。

部屋が広かったので、子どもたちが駆け回っても大丈夫。
従兄弟全員揃えなかったけど、みんなで遊んで楽しそうでした。
かなごんが一番年長児でみんな6歳以上年下の子達なので、抱っこしたりかわいがってました。
唯一モコさんに会ったことがある甥っ子は、モコの写真を見て
「あ、モコちゃんだー」
と言ってくれたり、
姪っ子たちはモコの写真を触ったりしてくれました。口にぐりぐり指さされてたわ笑
みんなの中にモコのことが少しでも残っていくといいな。

ご飯も美味しくてお腹もいっぱいになり、最後の方のいいお肉の時には、必死に食べる状況に。
みんな満足してくれたみたいなのでよかったです。

終わってからは兄弟と一緒に海に行きました。
砂浜で貝殻を拾う子どもたち。
それはもう楽しそうでした。
が、急に大粒の雨が降ってきて、みんなで駐車場に逃げることに。
ギャーギャー言いながら走って逃げるのも楽しかったです。
礼服の背中がびっちょり。
靴は砂まみれ。

駐車場でみんなと別れて、家路につきました。

途中嫌なこともあったのですが(整理のために限定で書きます)、それを越えるくらい、叔母と弟妹夫婦やその子どもたちと一緒に海で過ごせたことが楽しい思い出として心に残り、
「楽しかったな」
と思うことができました。

モコがいなくなってしまって、モコの法要が楽しい思い出として残るなんて考えたこともありませんでした。
それだけ月日がたったからなのか…
でもその楽しい雰囲気を、モコも楽しんでくれたように感じます。
子どもの声が好きだったモコさん。楽しげな声だけでも嬉しかったんじゃないのかな。

モコの時だけが止まって、周りの時の流れの早さに苦しくなることもあるけど、
きっとモコは今楽しんでる、踊ってる、見守ってくれてる、と感じることもあるから、
モコとモコがのこしてくれたものと共に生きていこうと思う。

モコさんの大きな法要はこれで終わり。
あとは家族だけで行っていこうと思ってます。