妊娠がわかった時
こんにちは。
かなくまです。
文の体裁は後で整えるかもですが、
忘れないうちに書いておこうと思って。
現在、妊娠しています🌼
と、花のマークを使いましたが諸事情があり、
ウキウキわくわく、、、!とは気分が行きませんが。
(この辺りのことはのちのち共有のために書きます)
さて、
私たち夫婦にとって、
奇跡とも言える妊娠。
海外旅行に行っている最中に、
生理が来ず気づく流れとなりました。
オーストラリアのハミルトン島にいる時に、
島で一軒しかない薬局で検査薬を買い、
速攻で反応が出ました。
子供を持つか?持たない人生にするか?
随分と半年以上考えてきましたが、
言語化できない部分も含め、自分でもよくわからない気持ちがあったりとこの悩みの期間は、
人生で一番難しい問でした。
受験、起業、婚活、、、何より難しいことでした、
この子供を持つか持たないか、迷っている人に何か届けばいいと思い、
これらについてもおりを見て書いていこうと思います✒️
とはいえ、
そもそも子供ができにくい身体であるのか、
できない要因がある可能性もあると思い、
夫婦で、そもそも「子供を持つ選択肢をもてるのか?」という疑問を解消すべく
必要な検査はきちんと受けていました。
治療ではなく、あくまで検査です。
日本では検査をしていると、ドクターからすると、「子供が欲しくていくらか期間が経って、治療をしてでも授かりたい夫婦なんだな」というスタンスで接してきます。
これは一般的には、欲しくなってできなかったら調べるという流れが多いから仕方ないですね💡
それで、
妻側である私は、
①基本のブライダルチェック
② LOX検査(=自然妊娠しやすい確率を、傷ついた染色体の割合から、どの程度のグレードか測る検査)
③卵管造影(こわいので静脈麻酔下で受けられるクリニックを探していきました💡)
を受けました。
結果は、どれも異常がなく実年齢よりもうんと良い結果ではありました。
夫側は、
①血液検査
②精液検査(1回のみ)
を受けました。
精液検査は、1回目で難しかったようで色々と取りこぼしたりしたみたいなので 苦笑😅
2回目を受けようとしていたところで、
妊娠発覚と至りました。
1回目の夫の検査は、成績が悪く、
WHOの基準を下回るものでした。全量採れてないので、少なくとも2-3回の検査をしないとなんともいえないと思ってはいたものの、
「自然妊娠は難しいかもな」
「(子供がいなくても私と一緒に幸せな人生を送れると思っている夫を仮に説得したいならば) どこまで治療をやりたいか、まずは自分の考えや気持ちを確かめないとな」
なんて考えていたところでした。
こんな難しい状況のなか、自然妊娠に至った経緯としておそらく効果があったのではないかと思うのは、
⭐️授かった月の2ヶ月ほど前に、卵管造影検査を受けている。
→検査から6ヶ月ほどの妊娠率がアップするというデータが医学的にある。
⭐️妊活ジェリー(精子の運動をサポートする機能)を授かった月に購入した、1度のタイミングの際に使用した。
このくらいです。
•夫の精液は多忙につき、フレッシュに出せてなかった。
•取れたタイミングは、1度だけ。(排卵2日程前ではあった)
•子宮頸管粘膜が少ない可能性あり。
と悪条件はあったものの、
タイミング法をしっかりとやったその月に、
授かることができました。
わかった時は、
不思議で、
自覚がありませんでした。
こんなに自覚がないものなんだなぁ、自分の場合は、、、
と思いながら、
海外で分かったものなのですぐに受診できず、
そこから日本に帰る2週間はお腹にちゃんといて生きているのか?
不安もありながら一緒にオーストラリア各地を旅しました✈️🇦🇺
まずは発覚に至る経緯をさらっと記事に残しておきます。
それではまた👋
浪人時代に書いたこのブログを呼び起こした29歳女子の現在
すごくすごく、お久しブリーフで書き始めちゃいました。
このブログ、
2009年(今から11年前)に、
当時高校三年生だった私が、浪人生活が決まり、
どんな経緯かは忘れたけど、開設したブログでした。
当時、
アメブロを通して交流していた、
同じ受験生(K大学を目指していて受かったと記憶しています、ノコギリとギターを掛け合わせた優しいおじさまなど)
覚えています。
さて、なぜ今日このブログにログインし、
書いてみたいと思ったかは深い意味はありません。
なんか、懐かしくなって、
当時の自分に再会できた感じが心地よかったのです。
当時設定したであろう、IDやパスワードを試し試しながら、ログインすることができたので、
タイピングしています笑
今の私は、29歳。
1990年生まれなので、あと5か月で30歳になります。
仕事は、自営業。
2009年の私、
そんな未来を創造したことはありましたか?
まぁ、今の私からすると、
いい意味で妥当なラインだし、そうなるべく性格を当時からしていたなぁと、
ブログを読み返すごとに感じるばかりです。
人事の採用アウトソーシングで生計を立て、
2009年のあなたはまだ住んでいなかった、山手線のとある駅の近くに住んでいます。
実は、君が受験勉強を頑張り、第二志望の大学に受かり。
その受かったことは、実はお父さんから聞かされます。
それは、青山学院の試験日と合格発表が重なったからです。
こちらは手ごたえがあったので、
父親に電話をしました。
そしたら、
上智の結果は(ネットで)確認した?と父親から。
自信がなかったので、みてないと答えると
すでに父親は確認してくれていたようでした。
もっというと、
私以外の家族は、私が志望校に合格していたことを私より先に聞き、
兄なんかは、移動中の電車の中で大変に驚いてくれていたそうなのです。
そんなことを数時間遅れて私は知るわけです。
そして、
4年と半年の大学生活を終え、
今の私の生活は、
まず、独身です。
生活拠点は、上京した時の街と同じです。
兄と住んでいたあの家からは引っ越しましたが、同じ最寄り駅。
家も10年目です。
仕事は、2017年に独立し、ちょうど4期目に入りました。
アルバイトもすることもあったり、本当によく頑張ってきました。
人事のアウトソーシングは、とても向いているようです。
そのおかげで生活が安定し、
アーティスト活動と会社設立に向けて動いています。
恋愛での悩みや、
仕事での悩みがありますが(弁護士に頼ることもまさに今起きています)、
そんな悩ましい状況でも
協力してくれる仲間がいます。
大学のゼミで知り合った後輩のMちゃん。
メンタルの勉強で一緒になったH。
ともに大好きです。
限りない感謝を込めて、このブログに残します。
改めて、
豊かな人生にますますなっていることを感謝せざるを得ません。
華奈