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桐の花



桐の花とカステラの時季となつた。私は何時も桐の花が咲くと冷たい吹笛(フル-ト)の哀音を思ひ出す。

北原白秋『桐の花』より






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震災からおよそ二ヶ月が過ぎ桐の花が咲きはじめた。



この色鮮やかな季節の到来を今年はどんなにか待ちわびたことだろう。



木の下へ近づくと、すでに地面には花殻が多数落ちていた。




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一見、花殻はどれも同じように見えるが、ひとつひとつ手にとって匂いを嗅いでみると、浅く香るもの、深く香るもの、それぞれの個性があった。



白秋が言うところの「吹笛の哀音」というフレ-ズが頭にあるせいか、筒状の花殻を見ていると、これらがなんとなく小さな管楽器のようにも思てくる。




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この薄紫の笛でどんな曲を奏でようか。



自選一首




石なげてひとり遊びき河原の冬かちかちと月の鳴る冬
(河原=かわはら)

川辺一穂



小紺珠




瑠璃色の珠実をつけし木の枝の小現実を歌にせむかな
(珠実=たまみ)
宮柊二『小紺珠』



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散歩途中の山林に偶然、ムラサキシキブを見つけた。写真だと大粒に見えるが実際は注意していなければ、気がつかず通り過ぎてしまう位の小さい実だ。


秋口のまだ緑の葉を湛えている頃のムラサキシキブの紫の実と葉のコントラストも美しいが、しかしなんと言っても、冬枯れの林の落ち葉や小枝を踏み鳴らしながら見るムラサキシキブの方が一段と美しい。
葉をすべて落とした後にに残る紫の実はとても優しい色をしている。


掲出歌に「瑠璃色の珠実…」とあるがこれはムラサキシキブの事であり、『小紺珠』(しょうこんしゅ)という歌集タイトルもこの歌から採ったものである。
この歌集は宮柊二の終戦直後、約二年間の生活が背景になっている。


戦後の苦悩を抱えながら独り山中や街中を、さ迷い歩く柊二。
色鮮やかな赤い実ではなく、周囲のひかりを静かにたたえているような紫の実を見て、柊二は心を動かしたのであろう。

これからを生きようとする柊二の決意がこの歌に垣間見えるような気がする。



今年もあと残すところ二週間をきった。

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