74歳の女性を53歳の男性が見初め、足掛け4年に渡る遠距離恋愛の末、結婚に至ったカップルがいた。
このことを、なぜかふと思い出した。
そのカップルのエピソードは、もう何年も前にテレビ番組で取り上げられ、私は何気なくそれを視ていた。

二人の出会いから結婚に至るまでの再現ドラマの後に現在のご夫妻の様子が映し出されたが、この時点で結婚から10年以上経っていたはずだ。
「(あなたに迷惑を掛けるから)老人ホームに入りたい」
と言う妻に対して夫が
「またそんなことを言う!」
と、残念そうに怒った場面を覚えている。

あのご夫妻は、今年97歳と76歳になっているはずで、ちょうど結婚20周年を迎えたことになる。
どうされているだろうかと調べてみたが現在の様子は出て来ない。
その代わり、出会いから結婚までの二人の手紙のやり取りが本になっていたことを知った。
2003年の出版だからテレビで取り上げられるよりもっと前のことだ。

おばあちゃんの恋文(ラブレター)
~74歳から始まる恋もある。215通の愛の往復書簡~


この本を読むのと同時に、あの番組が動画に上がっていたので再び視てみた。

当時53歳だった森岡道人さんは、出張先のホテルで時計代わりにテレビを点けていた。
その時映っていたのは料理番組で、教え手として出演していたのが永島トヨさんだった。
道人さんは画面の中のトヨさんを見てなぜか強烈に惹かれてしまう。
朗らかな物腰で料理を教えるトヨさんに、日本の古き良き母を感じて心が温かくなったのは、すでに恋愛の序章であることが本を読むとわかる。

男性が、親子ほど世代が上の、それも74歳の女性に恋愛感情を持つことが有り得るだろうかと、テレビで視た時は思った。
きっと多くの人が抱くであろう疑問は、その時は
「特異な男性もいるのかも知れない」
で片付けていた。
だが、本を読むとわかる。

もし道人さんが、雑誌の紙面でトヨさんを見たのなら恋愛感情は起こり得なかったんじゃないか。
でも映像なら仕草や表情がわかる、声や喋り口もわかる。
それらに道人さんの魂が反応したのではないか。

また、同じ状況下でトヨさんがもっともっと若かったなら、道人さんはトヨさんを見ても何も思うことなく素通りしていたのではないか?
道人さんが惹かれた時のトヨさんは、人生と年齢を重ねてこそ醸し出される人柄を纏っていたから道人さんの魂が呼応したのではないか?

もし過去世で深い縁のあった人だとしたら、顕在意識では気付かなくても魂は覚えているはず。
トヨさんと道人さん、過去世でどんな関係で、何があったかはわからないけれど、どうしても今生で出会う必要があった。

人には出会うべき時がある。
誰が出会いを操作しているかといえば、それは守護霊だと思っている。
しかし二人が住んでいるのが横浜と福山では、普通に暮らしていては会わせるチャンスがない
道人さんの守護霊は、あの日、道人さんがテレビを視るように仕向けた。
それより前にトヨさんの守護霊は、トヨさんがテレビ出演するように導いていた。
慕情や友情より激しい恋愛感情を授けたのは、距離を乗り越えて対面を実現させるため。

道人さんからのファンレターから始まった文通。
インターネットもEメールも普及する前のことだけれど、今の時代であっても二人なら文通だっただろう。
四季折々の花や風物のあしらわれた葉書や便箋を用いる心遣い、相手の息遣いが感じられるような直筆の文字、郵便受けに待ち焦がれる書簡を見つけた時の喜び。
Eメールは事務連絡には最適であるが、こんな趣は作れない。
電子文字に言霊は宿らないともいう。

それにしても往復書簡の文面には、非常に成熟した大人同士の節度があり、高尚という言葉が浮かんだ。
それでいて道人さんの便りは程なくラブレターの様相を呈してくる。
トヨさんの方はといえば、道人さんが今後良き伴侶を得ることを本気で願っていて、道人さんとの結婚を決める直前までその思いが消えなかった。
70代の自分とまだ50代の相手の将来を考えたら当然である。

道人さんは、トヨさんを生涯の伴侶にする決意を早くからしていたわけだが、福山での同居を決意したのはトヨさんが先だった。
道人さんとの出会いに関係なく、年齢的な心配から同居人探しと住み替えを検討してきた。
その探している同居人が道人さんであり、住み替えたい土地が道人さんの住む福山であるとは、やはり意識にはなかったが。

世代の違う二人だけれど、いくつか共通点がある。
どちらも一生かけて邁進する道(トヨさんは料理、道人さんは琴)があり、その道で生徒さんを持っていること、どちらも独身が長い独り暮らしであること。
独り者でも人間関係を大切にし、自分の道を誠実に生きてきた人には天の計らいと思えるようなことが起きるのだ。
それに、どちらも新幹線の停車駅のある街に住んでいる。
お互いの街で、あるいは中間地点でのデートに都合が良い。
これは守護霊さん、考えたな!と思う。

一般的には77歳で、結婚したり新居を探したりはしないだろう。
トヨさん自身も初めは
「あさっての私はわからない」
と、取り合わなかった。
だが結果的には20年以上も、一緒に過ごす時間が用意されていた。

物事に、もう何歳だから遅い、ということはないのかも知れない。
高齢女性が恋を実らせたとなれば下世話な興味を引くだろうが、往復書簡の本のタイトルに「おばあちゃんの~」と付けたのは、あざとい感じがして残念ではある。