青年はタブレットの写真を見返す。
「いかがですか?」
元鉄道会社の役員だった老人に声をかけられる。
「屋根も柱もしっかりしてますね。
水道管とガスは引き直しでしょう。
何でもかんでも壊してリメイクするのは誰にでもできますからね。
私はこの駅舎を50歳だけ、若返らせますよ。」
青年
「50年前のあの頃。
戻りたいですよ、私も。」
柱を叩いて答える老人
改札口で改鋏(かいきょう)を
タッタカタッタカ
バチッ
タッタカタッタカ
とリズミカルに鳴らしては、硬い切符の硬券(こうけん)を切っていた頃を懐かしむ老人。
「本当にあなたで良かった。
実は私はあまり乗り気ではなかったんですよ。
確かに廃線の駅舎なんか残しておいても無意味ですよ。
耐震工事もしていない老朽化した建物ですからね。
子供でも潜り混んで事故でも起きたら・・・」
「わかります。
耐震工事は柱の中を補強する工法の特許がうちにはあります。
柱の傷さえ残りますよ。」
「そうですか、それはありがたい。
あの木のベンチ、すっかり尻の形にすり減ったようで、実に座りごごちが良いんですよ。」
≪キュリキュリ≫
ネジ式の棒の鍵を回しながら青年に教える。
駅舎の木戸を開けると、こもっていた空気といちょうの匂いがブレンドされて、なんとも懐かしい落ち着いた空気を嗅いだ。
駅事務所から合板のドアを潜ると待合室に出られた。
外から見たのとはまた違って、レトロを感じる。
残念なのは天井の格子(こうし)などの飾りが蜘蛛の巣に隠れていたことか。
「あらら、蜘蛛が悪さして。
あっちは燕の巣が列になってますな。
昔は見事な天井でしたよ。」
老人は近くの蜘蛛の巣を払いながら言う。
「そうでしょうね。
では、これから調査にかかります。
水道屋さんと電気屋さんガス屋さん、産廃屋さんも後から来ますから、見積りは一週間くらいみていただけますか?」
青年
「はい、市長にも伝えておきます。」
老人
エイジング加工なんて塗装で錆を表現したり、塗装剥がれをしてアンティークに見せるDIYが流行っているが、この天然の錆には香りがある。
朽ちた板塀も、固くなったゴムホースもモノとして寿命を全うした気迫さえ感じる。
これを見るとDIYの加工は若い役者が年寄りメイクをしたようで素っ気なく思えた。
鉄の事務机に積もったホコリが舞う。
壁かけの扇風機もお辞儀をして彼を迎えた。