ロンドン・オリンピックの金メダルのあと、ヴァレグロを売却しないとカール・ヘスターが決めて、その後、スムーズにヨーロッパ選手権を迎えたのかと思えば、シャーロットには、私たちドレッサージュ・ファンが知ることのなかったスランプ(?)があったようです。


カール・ヘスターがその時のことを話してくれています。ニコニコ


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One-on-one with Carl Hester カール・ヘスターと1対1

Interview by Rebecca Ashton. インタビュア レベッカ・アシュトン

Dressage Today, June 2014, pp. 32 – 40. ドレッサージュ・トデイ 20146月号

【訳】(続)


でも、シャーロットとヴァレグロにとって、ヨーロッパ選手権前は、すべてがスムーズに運んだわけではなかったんですよね。

CH:ヨーロッパ選手権前は、すべてが「デイモン・ヒル、デイモン・ヒル、デイモン・ヒル」でした。シャーロットは、ヘレンの成績に匹敵するくらいでないといけないのに、ヒックステッド大会では、まだ降オリンピックの成功の余韻で走っている感じでした。「ミスがあり、私は、「もっとちゃんとしなくちゃだめだ。“乗っている”とは言えない・。」と言っていました。

それで、ハートピュリに電話をして、アリーナを用意してくれるように言いました。ホームではなく、アウェイでテスト騎乗をシャーロットと試してみたかったのです。そこに彼女を連れていきましたが、彼女の騎乗は同じでした。

最初の通しで、ミスがありました。「もう気づかないといけない。馬はコンピューターじゃないんだ。馬はやろうとしてるんだけど、君は、馬がやってくれると思っている。そんな風では、金メダルを取れないよ。と彼女に言いました。私は彼女に本当に厳しく接しました。正しく通しで乗れるまで3回経路を回らないといけませんでした。シャーロットは、とても静かでした。一言も話しませんでした。彼女のためにはっきり言いました。もっと上手に乗らなくてはいけませんでした。そして、うまく行きました。彼女が必要としていたのはそれだったのです。そして、その夜、初めて、シャーロットから「ありがとう」というメモをもらいました。彼女は、それがわかっていて、何度もビデオを見ていたのは知っていました。精根尽き果てるまでビデオをみるように、彼女に言いました。もう1週間しか残っていなかったのです。彼女には、何がうまく行っていなかったかわかっていました。


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いくら金メダリストといえ、やはり、厳しいことも言ってくれる「師」が必要なのは、アンキーの場合でもそうでした。チーム・メイトであり、ボスであり、メンターでもあり、パートナでもあるカール・ヘスターに支えられて、ヴァレグロ復活!ですね。ニコニコ