西尾幹二著「天皇と原爆」を読んでいます。このなかで著者は和辻哲郎の「アメリカの国民性」を引用しています。アメリカ外交の身勝手さ、裏返して言えば日本外交が土下座ばかりしている理由が書かれています。

「我々は九十年前にペリーが江戸を大砲で威嚇しつつ和親条約の締結を迫ったことを忘れてはなら

 

ぬ。もしそれを拒めば、平和の提議に応ぜざるものとして手段を問わざる攻撃を受けたであろう。大

 

砲に抵抗するだけの国防を有せなかった当時の日本は、人々の憤激にもかかわらず、和親の提議に応

 

ぜざるを得なかった。もしその後、攘夷を実行したならば、契約を守らないという不正の立場に追い

 

込まれるはずであった。この手口はさらにワシントン条約において繰り返されている。当時の名目は

 

世界の平和のための軍備縮小である。すなわち依然として平和の提議である。しかし、実質は日本の

 

軍備を戦い得ざる程度に制限することであった。しかもそれは米英の重工業の力の威圧の下に提議さ

 

れた。もし日本が拒めば、平和の提議に応ぜざるものとして、米英の軍備拡張を正当化することにな

 

る。当時の日本は、重工業の力がなお不十分であったためか、あるいは政治家の短見の故か、この平

 

和の仮面をつけた挑戦に応じ得なかった。この弱みにつけ込んでさらに支那問題に関する条約を押し

 

つけられた。欧州大戦中、日本が支那と結んだ条約は、武力の威嚇の下に強制されたという理由で無

 

効とされた。アメリカが日本と結んだ最初の条約は大砲の威嚇の下に強制されたものであるが、それ

 

は知らぬ顔で通している。とにかく平和の名の下に日本に不利な条約を押しつけ有利な条約を抹殺し

 

たのである。そこでアメリカは、満州事変以後の日本を契約違反で責め立てた。正義の名によって日

 

本をしめつけ、日本をして自存自衛のために立たざるを得ざらしめた。その平和や正義の名目のホッ

 

ブス的な性格を理解していないと、彼らの宣伝に引っかかるおそれがある。欧州大戦以来、日本では

 

この点に少なからぬ油断があったと思う」

和辻哲郎は、戦時中、アメリカの本質を突く論述をしていました。ペリー以来、日本は外交でアメリカに勝った例がありません。日本は欧米のホッブス式掠奪外交に負け続けています。