ダグラス・マレー著「西洋の自死」を読んでいます。

欧州諸国は国民的議論のないままに、なしくずしに大量の移民を受け入れてしまいました。国民は、その結果だけを押し付けられたのです。

移民が多すぎるという国民世論の懸念を懸命に火消しした言論人や政治家は、決まり切ったフレーズを繰り返して使いました。

「大規模な移民は経済成長に必要だ」

「高齢化社会には移民が必要だ」

「移民は我々の社会を文化的にし、豊かにする」

これらは嘘でした。嘘がバレるとこう言いました。

「グローバル化が進む限り、移民は止められない」

結論ありきの決まり文句でした。

残念なのは、いまの日本でこの大嘘がまかりとおっていることです。自民党がこの大嘘を使っているのです。安倍晋三首相がです。

移民が流入すれば労働者の賃金が下がり、社会的負担が増えます。

実際、イギリスでは1995年から2011年にかけて移民のコストが1590億ポンドかかったと推計されています。ですが、政府、大学、マスコミがフィクションのストーリーをつくりあげ、国民をだましました。

「裕福な移民」を「標準的な移民」だとしてだましたのです。これはまったくの嘘でした。移民の実態は貧困で無学で低賃金でした。イギリスの経済にとって移民は損失でしかなかったのです。

高齢化社会と移民とのあいだに因果関係はありません。いまの日本と同じように、かつてイギリスでは「高齢化で国家の活力がなくなるから、移民が必要だ」との似非理論が広がっていたのです。そもそも移民だって年をとります。

移民は侵略的です。ヨーロッパ人は侵略されたいのでしょうか。そうだったようです。イギリスはかつて世界を侵略した。だから、こんどはイギリスが侵略されるべきだと考える人々がいたようです。大馬鹿でしょう。

グローバル化は政策で止めることができます。鎖国したらどうでしょう。徳川幕府にできたことがなぜ英国政府や日本政府にできないのでしょう。

移民促進の論理はすべてが浅薄なイデオロギーであるに過ぎません。「多文化主義」です。しかし、これほど矛盾した論理はありません。

世界の国々が移民を受け入れて、世界中が多文化国家になったら、それこそ単一性の実現です。グローバルな単一社会ができあがります。共産主義者が涙を流して喜ぶでしょう。

イギリスもフランスもアフリカも南米も、どこもかしこも同じになる。世界中が金太郎アメみたいになる。これこそ多様性の否定です。

多様性というなら、極東にひとつくらい単一民族国家があっても良いでしょう。

多様な文化が世界のなかで棲み分ければよいでしょう。

多文化主義の根底には進化論があるような気がします。進化論よりも棲み分け理論で考える方が実際的です。

ダーウィンの進化論に対して、棲み分け理論を考え出したのは今西錦司でした。日本こそが世界に棲み分け理論にもとづく世界像を提案し、移民に反対するべきです。

しかし、今の安倍晋三には無理でしょう。嗚呼。