松尾匡著「不況は人災です」を読みました。

この本の前書きに重要なことが書いてあります。それは、

<なぜ経済状況に合わない経済政策が実施されるのか>

という疑問に対する答えです。

1930年代、世界は不況になりました。経済学者も政治家もこの事態に対して無力でした。そんな状況下、若い経済学者たちは政府が財政支出を増やして経済を下支えするという経済政策を考えつきました。しかし、彼らは若く、政治力がありませんでしたから、その政策を実現することができませんでした。

1960年代、世界中が高度経済成長に湧いていました。このころ、かつて若かった経済学者たちは社会の中枢を占めていたので、不況に対して有効な経済政策を好景気の時代に実施しました。こうして生まれたのがインフレです。

1970年代は、世界中がインフレでした。インフレに対して考え出されたのが「小さな政府」論です。財政を緊縮して経済の過熱を抑える。しかし、この新しい考え方を考案した若い経済学者たちには政治力が無く、政策を実施できませんでした。

1990年代になると、世界各国がデフレに悩むようになりました。同じ頃、「小さな政府」論を考案した経済学者たちが学界の主流を占めるようになっていました。そのため各国政府はデフレ状況下で緊縮財政を実施しました。小泉純一郎や竹中平蔵がまさにこれでした。

このことを図式化すると、こんな感じです。

時代A:
経済状況Aに対して若い経済学者らが対策Aを考え出す。しかし、政治力が無いので実施できない。

時代B:
経済状況Bに対して、かつて若かった学者は学界の重鎮となっており、彼らが対策Aを実施する。しかし、もはや状況が違うので効果は上がらない。そこで若い経済学者が新しい対策Bを考え出すが、政治力が無いので実施できない。

時代C
経済状況Cに対して、かつて若かった経済学者が対策Bを実施する。しかし、状況が違うので効果は上がらない。そこで若い学者が新対策Cを考え出すが、実施できない。

・・・

以下、この不毛な連鎖が続く。

経済状況と経済対策がズレているのです。ある学説が学会や政界に浸透するまでには時間がかかる。しかし、その学説が浸透した頃には経済状況が変わっている。わかってしまえばアホらしいような事情です。

デフレ経済下で緊縮財政を実施するという愚策の理由はこれでした。新しい学説が世に受け入れられるためには長い時間を要する。これが経済失政の原因です。

歴代日本政府の指導者が実情に合わないバカげた経済政策を実施してきた理由はこれでした。好景気の時代に大規模な財政出動を実施したり、デフレ状況下で消費増税をしたり、経済政策は愚劣です。

すごくバカバカしい。

こんなことのために不況になり、自殺者が増え、失業が増え、犯罪が増え、性病が増えます。不況は人を絶望させ、家族を離散させます。

まさに人災です。

デフレもバブルもバブル崩壊もすべて人為的な政策の結果です。人災です。不況になると自殺者が一万人増えます。それが二十年続けば二十万人が死にます。政府の経済失政が二十万人の国民を殺すのです。

小泉純一郎、竹中平蔵、安倍晋三、麻生太郎たちには、その自覚がないのでしょう。歴代日銀総裁にも自覚がないのでしょう。彼らは劣悪な指導者です。自国民を死に追いやっておいて何も感じない人間です。