原書房「敗戦の記録」を読みました。
この本は、大東亜戦争の終末期における政府・大本営の記録集です。この中に石原完爾の談話が収録されています。敗戦原因に関する所見です。
石原は冒頭で「近代の日本には国としての中心がなかった」と喝破します。
政治の中心、組織の中心がなく、国民を引っ張る人物もいなかった。このため国民を引っ張るだけの中心がどこにもなかった。陸軍にも中心がなかった。石原は書いています。「日本には国家がなかった」とも書いています。
戦争遂行力に対する検討、国力に対する判断、支那に対する国家的な判断がなかったと指摘しています。
「上級者は無脳である」と辛辣なことを石原は書いています。
参謀総長や陸軍大臣が新戦術を知らなかったというのが石原の言い分です。部下を検閲すべき上級者が新戦術を知らなかった。中央の幕僚も知らなかった。そのため下級者が上級者を馬鹿にするようになる。「下剋上が起きることは当然である」と石原は書いています。
石原完爾が少尉候補生時代には、上級者は戦術をよく知っており、演習に際しては上級者がするどい講評をズバズバやっていた。だから、下剋上は起こらなかった。しかし、時代が移り、石原が連隊長の頃には上級者が無脳になっていた。石原は荒木貞夫や秦真次を名指しして無脳と書いています。
この上級者の無脳が支那事変における戦術的失策となり、終わりのない泥沼になったようです。
また、石原は新聞について次のように書いています。
「日本の新聞というものは、何の戦争でもわが戦力の大きいことに関してジャンジャン宣伝する。遂には軍人もまたそうかと思ってしまう」
今も昔も新聞は嘘ばかりでした。そして、その嘘を軍人までが信じてしまった。いまと同じ状況があったようです。
陸軍の人事についても石原は批判を展開させています。
「士官学校、大学校の成績で幾何学的進級をさせる。これは平時はやむを得ないとしても、戦争がはじまれば実績によるべきものと思うが、それをしなかった」
石原は、大東亜戦争時にはすでに予備役に編入されていましたが、それでも陸軍人事局に意見書を書いたりしていました。ガダルカナル島で歩兵第四連隊第二大隊長として敵飛行場に突入した田村昌雄少佐を連隊長にし、その部下をそのままつけろと意見しました。しかし、この意見は聞かれず、第四連隊はガ島を離れてしまいました。そして、新規に別部隊がガ島へと投入されました。経験者を活かすという知恵が陸軍人事には欠けていたようです。
「高級将校が士卒と苦楽を共にしない。南京は東京に反対、漢口は南京に反対というふうに、下は上に反対をする。裏面に上級司令部に対する酒色に関する焼き餅というものが常にともない、これは決して軽視を許さないものである」
要するに上級者は酒ばかり呑み、女にふけっていた。これでは下剋上になって当たり前だというわけです。
また、陸軍が民間人を戦火に巻き込んだり、竹槍を持たせたことを石原は痛烈に批判しています。
「軍隊以外の居留民も一緒に死ぬべきだというようなことが甚だしく人心を混乱せしめた」
「自分は、梅津、杉山両夫人に竹槍を持たせて九十九里浜に立てと言った」
陸軍上級者の無知、無脳、酒色などが下剋上を生んだようです。だとすれば、下剋上を起こした青年将校が悪いのではなく、上級者が悪いのでしょう。
今の日本も似ていないでしょうか。朝鮮半島情勢が緊迫しているのに、政府与党は防衛費を増やさない、スパイ防止法をつくらない、緊縮財政をつづけている、憲法改正にかまけている。野党に至っては国会を強行欠席しています。
今の日本にも中心がないようです。
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