かつて日本は支那事変を戦いました。その目的は支那の赤化を予防することでした。

巨大な人口を抱える支那が共産化したら日本の脅威になる。これが日本の懸念でした。だからこそ支那事変になりました。戦後、マッカーサーがいったとおり「安全保障上の問題」でした。

残念なことは、世界が赤化に鈍感でした。スターリンの共産主義礼賛プロパガンダに世界はだまされていました。だから日本の行動は理解されませんでした。

アメリカにはルーズベルトという容共大統領が現れ、ソ連と手を結びました。ヒトラーとスターリンは似たもの同士だったのに、ルーズベルトはヒトラーのみを独裁者と呼び、スターリンを進歩主義者と言ったのです。

共産主義は民主主義の進歩したものだ。

バカみたいな大嘘がアメリカの方向を決めてしまいました。米ソの連携は、日本の敗北を意味しました。

駐蒙軍司令官として終戦時に四万人の邦人居留民を救った根本博中将は、昭和9年の時点ではやくも共産主義のソ連とアメリカが連携することに懸念を表明していました。


 もし、ある一部のものが日本を牽制する意味からソヴィエト連邦と支那との国交を回復させるような事になる、つづいて米国とソヴィエト連邦との国交を回復するようなことになってきましたが、この支那とソヴィエト連邦との国交が回復しましてから北鉄問題その他の交渉がいかに困難になって来たか、またソヴィエト連邦と米国との国交が回復してから北満方面の形勢がいかに緊張したかという事をよく考えて見ますと、やがて一九三六年頃、日本の海軍力が事実においてロンドン条約に規定されただけの正味に落ちる。

 

 たとえ来年の海軍会においに建艦競争をやるという事に肚を決めても、どうしても一、二年の間はロンドン条約から生れる欠陥をもたねばならない。しかも、その会議において私は日本が英米に対抗するという結果が想像される。しかも英国が海軍協定に関する限り米国と協同するような形を示し、加うるに外国の力を利用して日本に対抗しようとする支那の政治家が多数に存在している。今日の状態から見ますと、日本とソヴィエト連邦との関係というものは恐らく非常に緊張しやしないかと思う。

 

 日本が米国と直ちに火蓋を切るというような事はないと想像はして居ります、もし国際関係の緊張から支那とかソヴィエト連邦というような所にどんな不心得なものが居りどんな事を仕出かすか、そういう危険が多分に存在すると私は考えます。(時事新報)


 根本博の共産主義に対する警戒感は、まったく正確だったことになります。根本博は駐蒙軍司令官としてあくまでもソ連軍に抵抗し、ソ連軍に武装解除することを拒みました。支那派遣軍はソ連軍に対して武装加除せよと命令しましたが、これを拒絶したのです。根本博の慧眼はもっと高く評価されるべきでしょう。

残念ながら、根本博は当時の陸軍内で少数派でした。

その後、支那は赤化してしまいました。

そしていま、赤化した支那は明らかな脅威となっています。日本はおろかアメリカでさえ手を焼くようになっています。

 

共産主義者である中国人を数多く不用意に入国させている日本政府の意図はなんでしょう。バカなんでしょうか。