日本の外務省や政治家は、戦前からアポロジスト外交、土下座外交、謝罪外交を繰り返して来ました。下げなくても良い頭を下げ、支払わなくてもよい金を払い、遺憾の意を表してきました。

このダメ外交につけこまれて外交戦は百戦百敗です。北朝鮮や韓国などの弱小国にさえ外交戦で負けています。それもこれも外交センスの無さに原因があるように思います。

日本国内では重要な譲り合いの精神ですが、これはあくまでも日本人同士の和解原理であり、外国人相手の場合には通用しません。朝鮮人や支那人に対しても通用しません。世界は腹黒いのです。そのことに、なぜ外交官や政治家が気づかないのか実に不思議です。

世界の常識では歴史認識は国家によって異なる。そのため見解が一致することはない。それは当然です。フランスとドイツですら歴史認識は一致しません。逆に歴史を統一できないからこそ国家が分立しているわけです。歴史論争の最終結論は決まっています。

「それは見解の相違です(Agree to Disagree)」

この一言で歴史認識問題は終わりになるのが普通です。日本だけが謝罪したり、お金を支払ったりと阿呆なことをやっているのです。外務省には是非とも「見解の相違」という文言を身につけて欲しいものです。簡単なのですから。「遺憾の意」は役に立ちません。「見解の相違」の方が役立ちます。

これを戦略的に考えてみましょう。

日本がアメリカに対して原爆論争を挑みます。広島と長崎への原爆投下は、国際法違反である。あれは人体実験であった。原爆投下は人道に反する。日本からアメリカに対して派手な論争をしかけるのです。アメリカはキリスト教の国です。絶対に謝りません。

「全ては神の思し召しです」

実に便利な宗教です。アメリカ人は絶対に反省しないし、謝罪も賠償もしません。日本としてはそれでよいのです。

これは戦略です。日本は、事前にアメリカと打ち合わせておきます。「それは見解の相違です(Agree to Disagree)」とアメリカ側に言ってもらいます。打ち合わせておいて派手にやるのです。この日米間の派手な論争を世界に印象づけます。

さて、そのうえで日本は、韓国や中国に対して「それは見解の相違です(Agree to Disagree)」と言うのです。南京大虐殺も慰安婦強制連行も結論は「見解の相違(Agree to Disagree)」です。これで解決するのではないでしょうか。

この程度の戦略、外務省でも政治家でも良いからやって欲しいものです。