戸高一成編「証言録 海軍反省会」という本があります。現在までに7巻まで出版されています。この本は、かつて海軍軍人だった人々が集まって反省会をした、その議事録です。かつてNHKの番組にもなりました。

私は何年も前から断続的に読んできましたが、読んでつくづく感心してしまうのは、日本人の異常なまでの反省好きです。本当に反省していて、アメリカのことを悪く言ったりしません。基本的に自己批判です。あくまでも自国あるいは海軍の責任論に終止しています。そして、海軍からする陸軍批判や海軍内部での相剋などが辛辣に語られています。

このなかで私が興味深いと思った反省会参加者は次の人々です。

三代一就氏・・・航空科出身の士官で開戦時には軍令部の部員だった。三国同盟、日米開戦、真珠湾奇襲、ミッドウェイ作戦などに反対の意見を表明したが、その意見は通らなかった。ミッドウェイ作戦の議論では、連合艦隊の渡辺安次参謀と激論をたたかわせ、軍令部総長がミッドウェイ作戦を認めた時には涙を流して反対しつづけた。

保科善四郎・・・戦艦陸奥の艦長をつとめた後、開戦の直前に初代の海軍兵備局長となる。兵備局は海軍の兵站を管轄していた。サイパン島が陥落した時、直ちにサイパン島奪還作戦を主張した。その理由は、サイパン島に米空軍が進出すれば日本の工業地帯が爆撃を受けることになり、兵站が根本から潰滅させられるからである。残念ながらサイパン奪還は不可能だった。

黛治夫・・・海軍砲術の権威でアメリカの砲戦能力を分析し、日本海軍の艦砲射撃の命中精度はアメリカ海軍の三倍であることをつきとめた。日本海軍は主力艦数で対米七割だったが、命中精度を加味すれば日本軍の方が数倍も強かったという。しかし、同氏の発見した日米の命中精度比較データは極秘扱いとされ、海軍内で常識化しなかった。このために航空主兵論が台頭したと同氏は慨嘆する。

こういう人々の伝記を読んでみたくなりました。