国際法は、決闘の法理に基づいて戦争を合法としています。そして国際法は、主権国家には開戦権と交戦権があると認めています。

開戦権とは、開戦する権利です。ある国家に対して宣戦を布告し、平和状態が終わり戦争が開始することを宣言します。

戦争がはじまると交戦権を行使することになります。交戦権とは、平時には禁止されている事柄を戦時に限って認めることです。具体的には次のような項目です。

①敵国との通商の禁止
②敵国の居留民と外交使節の行動の制限
③自国内の敵国民財産の管理
④敵国との条約の破棄
⑤敵国兵力への攻撃、殺傷
⑥軍事目標、防守地域への攻撃破壊
⑦敵国領土への侵入と占領
⑧敵国との海底電線の遮断
⑨海上の敵船、敵貨の拿捕
⑩敵地の封鎖、中立国から敵国への海上通商の遮断
⑪海上での中立国から敵国への人的物的援助の遮断
など

平時には禁止されているこれらの条項は、戦時にはやってよいことになります。したがって、昭和十六年十二月八日以後、日本軍がとった行動は国際法にかなっていたと言えます。

しかし、アメリカは開戦の前に上記①、③、④を実施しました。昭和十四年七月、アメリカは一方的に日米通常航海条約の破棄を通告し、以後、対日禁輸措置を開始しました。また、昭和十六年七月には対日資産凍結令を出し、翌月に対日石油輸出禁止を実施しました。平時には禁止されている交戦権をアメリカは行使したのです。国際法違反です。

極東軍事裁判の法廷で断罪されるべきはむしろアメリカでしたが、戦勝国だった故に裁かれませんでした。英仏蘭ソ各国の蛮行も裁かれませんでした。

不戦条約によって侵攻戦争は「違法」とされていましたが、「犯罪」だとはされていませんでした。これは重要なことです。しかも、侵攻戦争と防衛戦争を区別する客観的基準はなく、各国に解釈権が与えられていました。要するに侵攻戦争を定義できないのです。

それなのに日本の行為を一方的に戦争犯罪と決めつけて実施された国際極東軍事裁判は歴史に残る不法裁判です。国際法違反の裁判であり、違法裁判、さらにいえば犯罪裁判と言ってよいでしょう。