倉山満著「誰が殺した日本国憲法」を読みました。
占領軍は、日本弱体化のために日本の憲法を改正させようとしました。この行為は国際法違反であり、本来ならば大日本帝国憲法のままでも何の支障も無かったのですが、占領軍は憲法を改正して日本を弱体化しようとしました。
この時、東京大学の宮沢俊義教授は占領軍に迎合し、ありもせぬ歴史の珍説を考え出して占領軍に助力したのだそうです。それが「八月革命説」というもので、昭和二十年八月に革命が起こっていたというのです。
「革命によって日本は天皇主権の君主国からまったく別の国民主権国家になった」
そんな事実はまったくないのですが、日本国憲法を正当化するために宮沢教授は珍説を考え出し、結局、その歴史観が戦後日本を支配してしまいました。
歴史捏造は、必ずしも支那、朝鮮、アメリカだけのことではなく、日本人も自国の歴史を捏造していたのです。
日本が主権を回復した後も憲法は変わりませんでした。宮沢俊義教授は日本国憲法を正当化するため、戦前の日本を暗黒時代であったかのように印象づけようとし、さらなる歴史捏造を重ねました。
「戦前はあらゆる面で暗黒社会だった」
「戦前の日本に民主主義はなかった」
「天皇は現人神として崇められた」
こうした暗黒史観を捏造し、広めた人物こそ宮沢俊義教授だったというのです。私は初めて知りました。
今日、これほどまでに反日日本人が増えてしまった原因をたどると、そこに傀儡日本人学者がいたということです。ちなみに宮沢俊義教授は官僚として栄耀栄華をきわめ、天下りし、勲章までもらったそうです。
何とも情けない歴史です。