去年、宮城県名取市ゆり上を訪れた
いろんな場所に行ったんだけど
あまり頭に入らず、写真もあまり
撮ってこれなかった
と言うより、カシャカシャ撮れる
雰囲気ではなかった
これは駅のホームがあった場所
何駅か忘れてしまったけど
線路がなくなっている

これは中浜小学校
中はグチャグチャだけど
一人も犠牲者は出なかったとのこと
青く印された所が
津波が到達した高さだ

この木にはたくさんの黄色い布が
掲げられ、温かいメッセージが
一枚一枚書かれている

そしてここは廃校となった
老人ホームも見て来た
ここでは、一人の若者のヘルパーが利用者さんを助けに階段を駆け上がって行き、背負って救出しようとしたが間に合わず、津波にのまれてしまった
その場に立つと他人事とは思えず
その時の皆さんの様子が
そこにいたかのように浮かんでしまい
いたたまれない気持ちになった
ゆり上中学校にも行った
丹野君の通っていた中学校だ
ここでは、息子さんを目の前で亡くしてしまった母親の、思いの詰まった石碑に触れてきた
石は冷たいからいっぱい触って温めて欲しいとの願いが込められている
そのすぐ近くで震災の映像を見たり
話を聞いたりしてきた
浜辺にも行った
民家があった場所にも行った
港にも行った
復興を諦めないホテルも見た
大黒柱が残るお寺も見た
瓦礫の埋まった丘にも登った
振り返ると色々見てきた
それなのに
その殆どを忘れてしまった
私は海外旅行に行っても
何も覚えていないほど
お出掛けの記憶を留めておくことが
苦手だ
何しろ写真を見ても
全く思い出せないんだもんね
もったいないよね(^_^;)
震災のあった時
私は母親とスーパーにいた
厳密に言うと
スーパーキミサワにいた
突然店が大きく揺れ
天井に吊る下げてあった照明が
ブランブランと振り子のように
揺れていた
正直、楽しくてワクワクしていた
そんな中、怖がりの母親は
恐怖で震え上がってしまい
店の人に抱えられながら
店外に避難していた
それから計画停電もありましたね
同じCMばかり流れていました
結局のところ他人事なのかも知れない
不謹慎ながら
私にとってはそれも楽しかった
大震災や津波が別の世界でおこっている出来事としか思えなかったからだ
でも、大事な人を亡くしてしまった悲しみは痛いほど良く分かる
その2ヶ月後、私も大事な人を亡くしてしまったからだ
震災=あきちゃんとの別れ
なのに、最近どんどん頭の中から
あきちゃんの記憶が消えて行く
生きては行けないほどの悲しみと絶望感でいっぱいだったのに…
だから、あきちゃんのことを
忘れないために
薬指に指輪をはめてみた
あきちゃんから貰った指輪は
無くすと立ち直れないから
別のをはめた
スポーツマンらしく
ファイテンの指輪です( ̄∇ ̄)
実際は中指にはめようと思ったんだけど、予想外に入らなかったので、だから薬指です(^_^;)
あ~あっ(T_T)
悲しみっていつかは
消えてしまうものなのかな…
って
夜空のムコウ的な?笑
あの日々の思いって
いったい何だったんだろう
あの時
もし自分が後を追っていたら
今ここには居ない
そして
ムダな死を迎えていたことになる
だから、どんなに絶望しても
今が全てなんて
思っちゃいけないんだね
今、あきちゃんのために死ねるか…
絶対出来ない
そんな風に変わってしまった自分が
良く分からないよね
今の仲間に出逢うために
4年間生きてきたのかな?
自分が生きてきたことで
たくさんの人の人生が
変わっちゃったよね
自分がいなかったら…
みんなどんな風に
生きているだろうか
まあ、きっと
つまらなかったと思うよ!笑