9月8日、満足稲荷神社の次に向かったのは吉田神社さん。
本来、この日は吉田神社へ行って竹中稲荷さんにご挨拶する予定で自宅を出たのです。

満足稲荷神社さんからはバスでそんなにかからない距離にあります。


↑一本の大きい木の途中から別の植物が出て来てます。

↑近くで撮るとこんな感じ。2~3種類の植物が育ってます。凄い生命力ポーン


識子さんが本宮の社殿4社とも、中には確かにいるけれど普通の神様ではなく忍者のようにうずくまって待機していてコンタクト取れなかったと書かれていました。
前回来た時、丁度挙式が始まるタイミングで、歓迎していただいた事のお礼を伝えた、正にその時

風が吹き、私は思わず「今日はいる❗」って言ってしまいました。
その時旦那と二人でお参りしていて、横にいた旦那が「何がいるん?」って。
本を読んでいない旦那からしたら、野生の動物とか出たん?って感じだったニヤニヤ

あの時、確かに見えない世界で動きがあったと感じたのを思い出しました。
あれからもう2年程経ってしまうのかな?

ご挨拶して、この日は竹中稲荷さんに会いに来ましたとお話して竹中稲荷神社(吉田神社の末社)へ向かいました。


先日、呼んでいただいたので嬉しくって来ました‼
あっ、挨拶まだだった笑い泣き
改めてご挨拶をして、呼んでいただいたお礼を伝え、奥の竹釼稲荷神社さんにも久しぶりにご挨拶させていただいた。
識子さんの本を読んで、一人でも多くの方が参拝しますようにとお願いした。

狛狐さんがピッカピカ。前に来た時から、こんなに綺麗やったっけ?
気が付かなかっただけかな?


前日の伏見稲荷大社さんから満足稲荷神社さんとの出逢い、ご縁について思い返しながら、感謝した。

昨日のブログで書いた最後の部分について。

神仏は苦しんいる時に助けてくれるとは限らないと私は思っています。
それは、見放しているのではないです。
その人の魂の成長の為なのか、その後を見て判断してなのか、それともその人が生まれる前に決めてきたことだからなのか、理由は色々あると思います。

私が親友Mに三十三間堂の千手観音様からのメッセージを伝えた時に、見させてもらった(感じさせてもらった)のですが、「頑張れ、いつも見守っているぞ」という思いで本当に見守っているだけでした。
でもその心というか、思いは宇宙規模か?と思う程大きく深く温かいものでした。
こうすれば良くなるとか具体的なメッセージはありませんでした。

神社仏閣へ行って、メッセージをいただくことがありますが、全く何も分からないときもあります。特に神社、神様からのメッセージはほぼ受け取れません笑い泣き
お寺では、仏像が仏様に道が繋がっているかどうかくらいしかまだわかりませんが、何となくメッセージが分かることがあります。

分からない……時は、分からないのではなく、そもそも神仏から敢えて出すメッセージがないのか~❔とも思ったり。
と言っても、冷たい訳じゃなく、ニコニコ話を聞いてくれていたり、願いを叶えてやろうと動いてくださってると思います。

つづく