7月7日興福寺を出て、源九郎稲荷神社へ向かいました。
初めての源九郎稲荷神社。
識子さんの本を読むまで、聞いたこともなかった神社でした。
本を読んで、一の眷属が識子さんの家に行ってアピールしたエピソードが印象深かったです。
いつか参拝したいとは思っていたものの、何故かまだ早いと思って行けてなかった神社。
前日、Rさんに源九郎稲荷さんからのメッセージのようなものを教えていただき、源九郎稲荷神社へ参拝することをすすめられていました。
今だ❗
近鉄で奈良駅から最寄りの郡山駅へ。
駅に着いて、源九郎稲荷神社に向かって歩いている時に涙が溢れてきた。
まだ神社に着いてないのに、鳥居も見えていないのに❗
道を曲がって参道に入った時には、号泣の一歩手前
涙でよく見えない
お寺でなく、神社でこんなにも号泣したのは初めてでした。
大神神社で初めて登拝した時には、おおみわの神様がよしよししてくれるのが分かって、涙が溢れ出しましたが…
明らかに、あの時と違う❗
お寺でも経験したことのない感覚でした。
私の中の魂は、全て分かっているのでしょうが、私には前世の記憶がありません
私の中の魂が、「よくぞここまで頑張ってくれました。」
(途中衰退し、荒れ果てた状態の時期があり、それを乗り越えての今に対しての言葉だと思われます。)
と労いに近い感情でそのような言葉を掛け、感極まって号泣しているのを、客観的に見ている私がいました。
現実の私は、祝詞をあげてご挨拶しようとしますが、嗚咽がひどく、まともに祝詞があげられません
それでも、何とか最後まで祝詞をあげて自己紹介と初めて参拝させていただいたこと、識子さんの本を読んで来たいと思っていてようやく来れたことなど泣きながらお話しました。
感動の体験まだ続きます。
