Live, Live and Live -36ページ目

イロトリドリ


黄砂がすっごい。

町の灯りや街のネオンが
黄砂に光って、
霧の中みたい。

なんだかフシギな世界。


雨と黄砂で車はどろどろだけど…

目に映るのは
ふわふわと 絵本の中の世界みたいだ。



今日は、昨年末になくなった叔母の納骨。
10時前には出掛けなっきゃだし、
仕事は夜までだし、早く眠らなっきゃだ。

昨日も、夜中に仕事終わってから、
うちで、アナウンサーさんの送別会で4時。

このところ夜行性になってる生活を
今日で直さなければ。

ついでに胃腸炎を治したい。
胃がいたい。
自業自得。


それより、お姉ちゃんの風邪を治してあげたい。

一人暮らしで風邪って、
ものすごく心細いはず。

お姉ちゃんも、そしてあの子も、
どうか早く良くなりますように。。。


幸せと境界線

 
姉の結納をおこなった日曜日。
大変だった準備すら楽しかった。
しあわせは良い。

これからは2人で、いろんな経験していくんだね。

しあわせに、しあわせにブーケ1


月曜日、姉たちを見送った日の夜、一本の電話。
母の従姉妹が、土曜から連絡が取れなくなってるという。
彼女はスナックを営んでいて、そこのお客様が心配して
お店のスタッフへ電話を入れてきたのだそう。
うちへの電話は、そのスタッフさんからだった。
自宅に掛けても携帯に掛けても留守電になる。
母が彼女の御実家に電話してみたけれど、
帰っていないし連絡もないとのこと。
他の従兄弟に聴いても知らないという。
自宅マンションはオートロックで部屋まで行けず、
下でインターフォンを鳴らしても応答もないらしい。
20時を過ぎていたので、
自宅マンションの管理会社にも連絡が取れない。
明朝連絡するしかないかなぁとも話してたけど、
もし倒れてたりしたら大変と、
とりあえずスタッフの居る店へ行くことにしました。

警察に問うても、鍵がないにはどうしようもできないという。
何のための警察なんだろう。

セコムと、マンション1階にあるクリニックの院長に連絡してみた。
そしたら、院長がマンションのオーナーに連絡を取ってくださった。
松山に住む彼女の甥っ子さんも来てくれた。

母と、院長、オーナー、店のスタッフ2人、
甥っ子、セコム、婦警、私で
彼女の部屋があるフロアへ。

まず、婦警さんが一人で部屋へ。
玄関を開けてすぐのトイレで、
彼女は倒れていました。
婦警さんは、亡くなってますと言いました。
みんなが落胆。
だけど、呼び掛けもせずそれはないだろうと、
呼び掛けるように言いました。
そしたら、かなりうっすらではあるけれど、
反応があるという。
みんなが安堵しました。

急いで救急車を呼んでもらい、母が付き添い、搬送。

残った人たちで、取り調べと鑑識。

病院へ向かい、スタッフの方を御自宅へ送り、
彼女の弟さん夫婦が宇和島から到着したので、
病院へ母を迎えに戻り、帰宅。
彼女は、CTで脳に大量の出血が見受けられたので
専門科のある病院へ移送されました。

土曜日の新聞が部屋にあったので、きっと
金曜の営業後、土曜の明け方に部屋へ帰り、
トイレに座った状態で意識を失い、
そのまま前へ倒れたんだろうとおもう。
もし仰向けに倒れてたら、吐血や嘔吐物で
呼吸困難になり、すでに命はなかっただろう。

打った顔面は血だらけだったし、意識はないが
彼女は生きてた。

2日以上、動かない体で。
がんばってたんだね。

何かを想っていたのかな。

からだと、感情と、命と、魂。

ふしぎな関係だな。


今も、意識のない中で、
彼女は生きてる。


誰かがしあわせな時、
誰かが泣いていたりする。

みんな、どちらでもある。

どちらがどうだとかはなく、
両方が存在して、
両方が必要。

世界ってそんなだ。

だから、なるべく、なるべく、
みんながしあわせでいてほしいと願うんだ。


今日泣いたあなたが、笑える日を祈るよ。

今日笑ったあなたが、決してしあわせを忘れませんように。



out the blue

 

松山は曇り空。

久万高原へ行ってきました。

山は、雨が降ったり止んだり。

空気が澄んで、とても美味しかった。

 

帰りの三坂峠。

松山までが見渡せる場所があるのだけど、

本当にきれいでした。

携帯電話のカメラで撮ったこの写真で

どこまで伝わるかはわからないけれど・・・

その土地の、この日々の中の、大好きな場面を

少しでも届けたいなぁって想ったりする相手がいることが

生きる意欲を持続させてくれるんだろうな。

 

晴れの時も、雨の時も、そして曇りの時も、

それぞれに美しい。

 


Live, Live and Live-kuma-usa
 

届くかな。

 

 

 

大切な人にしあわせでいてほしいのは、

誰もの願いだと想う。

その人の人生の事情をすべて把握しているわけでも

すべてを知りたいわけでもないけれど、

ただただ、しあわせかな・・・ 笑顔でいるかな・・・

と、いつも、いつも、そう願っています。

 

だからといって何が出来るわけでもなく、

もう祈る以外に術はないのかもしれない。

 

 

あの遠い日、こぼれてやまなかった涙と祈りは叶わなかった。

慟哭の中、振り絞った祈りは、いまどこに?

 

そもそも、間違いだらけで、でたらめだらけで、わがままだらけで、

祈りだなんていったら罰が当たるような、

めちゃくちゃな想いだったんだ。

 

それでも、今も願ってる。

 

それでも、今も疑わない。

 

あの遠い日。

 

 

 

All my life's been a long slow knife

I was born just to get to you

Anyway I survived long enough to make you my wife


Out the blue you came to me

And blew away life's misery

Out the blue life's energy

Out the blue you came to me


~ out the blue / John Lennon

 

 

 



私も生きて

美しいものに出逢うたび

あなたにそれを見せたいなと

想いたい。

 

わがままだね。