時間

世の中で絶対的なもの

誰もが疑うことをせず

その仕組みに拘束される
たまに不思議に思う

人間が作り出した時間という概念は

とても便利であり

かつ約束されたものである

けどいつしか人間自ら時間という概念に縛られてる気がする

人が五分遅刻するだけで

ストレスを感じる時間なんかなければ人は

そんなことを感じないかもしれない

人間いつしか自分の作り出したものにより

支配され動かされている
でももし時間という概念がなければ

人はこんなにも成長しなかったかもしれない

限られた時の中で人はなにかを成し遂げ

明確な終わりがあることで人は頑張れる

人は

時間という概念を生み出し

時間という概念に拘束され

また時間に拘束されることで

新たな概念を生み出す

人とは自らの生み出したものにより

苦しみ成長する

墓穴をほりながらも

それを武器に変える

それは誰もができること
時間は
誰もが拘束を武器に変えられるチャンスを生み出すと思う
電車という乗り物はすごく不思議なもので

見ず知らずの人と共に同じ場所に向かい進んでいく

その空間の中には幸せに向かう人もいれば

これから絶望に向かう人もいる

赤ちゃんも居ればお年寄りもいる

車よりも広い空間のはずなのに

自由はそこにない

満員電車で人に触られれば嫌な顔するのに

自分が持ってるバックが人にぶつかっていることには気づかない

電車は一つの空間として成立してるようで

していない

みんなのそれぞれの思いを乗せて走る箱

これを発明した人はどんな思いで作ったんだろうか

人や物が早く移動したり便利になると思って作ったんだろうか

豊かな生活を求めて作ったんだろうか

今はどうなんだろう

人は
電車が遅れたり
満員電車の車内

ストレスを感じて

電車という空間にありがたみを感じていない気がする

これだけの人々をこんなにも正確に運び

これだけの感情や思い出が詰まってる

この箱は

きっと

ないと思うから

何か幸せを感じる時
たいていはそばに誰かいる

それが彼女や彼氏だったり

友達だったり

家族だったり

ペットだったり

一人で感じる幸せも
もちろん存在はする

でも一人で感じる幸せよりも
誰かと共に感じる幸せのほうが幸せが二倍にも三倍にも感じる事ができて
きっとそのほうが
人生をより豊かにする事ができると思う

幸せを分かち合えた時に人は喜びを感じる

例えば
好きな人と過ごす時間

それは何にも代えがたい時間であり
一緒に見る景色
一緒に食べる食事
一緒に分かち合える時間全ての幸せが二倍になる
これは
友達も家族もペットも

同じだと思う

ただ

幸せを感じる時には

誰かにそばにいてほしい
一人で過ごすよりも

元気になれるから
分かち合えるから
時間を無駄にしたくないと思えるから
人は決して強くないから
誰かともに過ごして幸せを感じたら

一人で感じる幸せなんかちっぽけに見えるから