イギリスのヘンリー王子夫妻が王室の暴露本を出して大騒ぎになっている。題して「スペアー」という本で日本では、まだ翻訳が出ていない。「僕は兄に万が一の事があった場合のスペアーでしかない」とヘンリー王子は言うがこの方の祖母様(エリザベス女王)のおじさま、すなわち国王エドワード8世が離婚歴あるアメリカ女性シンプソン夫人に夢中になり王様、やめちゃったから弟様がジョージ6世として即位。その娘がエリザベス王女。本来、祖母様は女王になれないはずだった。ジョージ6世の妃は夫が早く亡くなったのは国王になり激務をこなしたせいだとエドワード8世(後のウインザー公)にカンカンだったとか。メーガンさんも007やジェームズ、ボンドは架空の話しだと思っているかもね。作者の素性も知らないと思う。王室なんか破壊しようとしたら英国秘密情報部(MI6)が黙ってないだろう。怖くないのかね。多額の印税と引き換えに一家心中でもするつもりなのか。エージェントにロックオンされても全く気づかなそうなヘンリー王子夫妻。霊感も無ければ、いわく付きのロンドン塔でも何も感じないだろう。まあ、外出時はお気を付け下さいとしか言えませんね。

これは東京都立大の宮台真司教授が動画で発した言葉だ。この後、すぐに暴漢に襲われて重傷を負った事は記憶に新しい。何人かの人は犯人はタワマン住人に違いないと噂していた。けれど判明した犯人は大金持ちのタワマン高層階住人像とはあまりに印象が違った。

 私は高所恐怖症だからタワマン高層階のみならず都営団地の高層階も苦手である。それでも仕事で高層階に行くことがある。以前、マンションの27階のお宅に伺っていた事がある。殆どの窓は開かずそれでも東京都心をパノラマのように見渡せる厚いガラス張りの部屋はゴージャスだった。そこには半身不随で寝たきりの高齢男性が住んでおり、週1回、病院へ行くのだが大柄な方を車椅子にお乗せして2基あるエレベーターで下へ降りるのは大変だった。、エレベーターが山手線以上に来ないんだわ。若くエネルギッシュなうちは高層階に住むのも良いと思う。けれど高齢になって要介護になるとマンションの30階というのは厳しいかもしれない。高級マンションは受け付けがあり暗証番号4桁を押さないとエントランスの自動ドアさえ開かない。エレベーターに乗ると止まらない階もある。つまりセキュリティがしっかりしているのだ。けれど高齢者が自室で倒れていても気付きにくいという事はあるだろう。40階建ての30階に住む高齢者が倒れてしまい何とかスマホで消防署に連絡がついたとしよう。けれど、おいそれと消防隊が近付けない難しさがある。屋上にヘリポートがあったとしても、内側から鍵がかかっていれば難しい。都営団地の18階に住む高齢者が室内で倒れ消防署の梯子車が出動したケースは知っているが。タワマンの20階と言うと子供の声、鳥のさえずり、犬の鳴き声も殆ど聞こえない。そして強風が吹いているので洗濯物をベランダに干さず乾燥機という事になる。高層ビルは上層部分が揺れるように設計されている。だから浴槽に張られたお湯が微かに揺れているのがわかる。長期に住む人の中には精神が不安定になる人もいるようだ。けれど高層階の夜景は素晴らしく明治通りも新目白通りも7色の光が流れる河のようだ。こんな美しい街に自分は住んでいるのかとしばし考えてしまう。宮台教授の言うようにタワマン高層階住民は間抜けとも頓馬とも思わない。ただ弱った高齢者には不向きかと思う。パワフルな方が住むにはなんの問題も無いと思う。✴️高層階住人の健康被害と言うと「長野県民は不健康なのか」と言う多数の反論がある。高層階というのはあくまで地面から何メートルかが問題なのである。

 今日は2ちゃんねるのスレです。イッチ(スレ主)は臨死体験者で死後の世界は階層制だと言う。。低い階層に行かないためにはどうしたら良いのかと聞くスレ民の質問にイッチは「辛い時も親切、優しさを心の底に抱く事」だと言う。これも難しいよね。我々人間は強くない。苦しい事があれば「何故私だけがこんな目にあうんだろう」と心が砕け荒れ果ててしまうのが普通だ。また誰かに酷い事をされた時、悲しんだりその人を恨んだりするのも当たり前だと思う。それに対してイッチは復讐心を持つ事が間違いだと言う。悲しみや痛みがあっても許す事と与える事が大事だと言う。これも難しいが大昔から世界3大宗教が説いて来た事だ。

  私が共感した事は最後のおっぺぴーの言葉です。おっペッぴーのおじいちゃんは犬の散歩が大好きだった。けれど骨の癌が発覚して暗い病院で亡くなってしまった。彼女は「もし、あの世があるなら、子供になっておじいちゃんと散歩したい」と言う。私も東京、小平の玉川上水沿いの吹けば飛ぶような木造平屋で思いきり祖父や祖母と話したい。私が4歳の時に亡くなった祖父。西武線の小平と花小金井の間にある公立昭和病院は当時大変、暗かった。祖父が亡くなったであろう夜、昭和病院の玄関で記憶は終わっている。

 このところずっとブログを書けなかったのは、コロナ以降給与が減り貯金を取り崩していたのが、いよいよ底を尽きそうだったからだ。私は目があまり良くないためタブレットでしかブログは書けない。スマホでは無理とまで行かなくとも小さな文字は読めても書くのはキツい事は確かだ。タブレットを返そうかどうか迷っていた。帯状疱疹でお世話になっているクリニックの医師からは「友達や知人からはお金を工面してもらうなよ。確実に人間関係壊れるからな」と釘を刺されている。旧約聖書の出エジプト記、前は紅海、後ろからはエジプト軍に追われるような状態に近くなっている。でもさ、私はなんとかなるんじゃないかと信じているんだよ。紅海がサーっと2つに分かれて道が出来たようにね。そうやって与えられた寿命までシッカリ生きる事でまた祖父母に会えると言うなら、肩肘張らずに進んで行けるような気がする。