絆
昨年、南相馬市へ取材で行ったとき、夜の街は復興や除染の作業員がいっぱいで真夜中まで飲み屋を梯子しました。
真夜中に市内をパトロールしていた警察官や刑事に職質されましたが、茨城から被ばく覚悟で取材に来るボキへ敬意を表してくれました。
南相馬市は震災の被災と原発事故の被害をストライクに受けたところであり、遠方から来た復興作業や放射能汚染調査又は報道やメディア関係者に労をねぎらってくれました。
特に同じ南相馬市でも報道されない地区へ行ってみると、カメラと線量計を持ってひたすら歩いているボキの姿を見かけた地元の方は切実に取材を要望したり、津波や地震で半壊しながらも建ち残っている自宅に招いでくれて飛び切りの御もてなしをしてくれます。
本来はボキが何かをしてあげなくてはならないのに、ボキは只々カメラを回し線量計で放射能汚染被害の事実を確認するだけのことしかできませんでした。
それでも地元の方々は屈託のない笑顔でもてなしてくれます。
今でもその笑顔は忘れられません。
ところが、茨城県はどうだろうか?
先日も脱原発を標榜する市民団体の方々と行き会いましたが、その方々は現実の警戒区域の惨状や避難住民の心情を露程も知らないというか、観たことがない、会ったことがない、という暇人の集まりでした。
茨城県では地震の被害もそれほどなく放射能汚染も目に見えないものだから、これらのことは流行りの趣味を先取りしてる、それを自慢している、というような輩が多いですwww
総ての活動家がそうわけではありませんが、茨城県界隈では特段多いということですw
最近、茨城県北部などを集中に放射能汚染状況を撮影していると沢山の方々から応援の言葉を戴きます。
有り難い掛け声でつい舞い上がってしまいますが、放射能汚染との闘いはまだ序章に過ぎず先が長い闘いになるという現実に気持ちが引き戻され、つい溜息が出てしまいます。
でも、韓国KBSのプロデューサーから、『猫飯さんはこれからも日本の放射能汚染を撮り続けていかなければなりませんよ』という戴いた言葉が今の自分のモチベーションを上げてくれますwww
