溶けてなくなってしまう「飴細工」 │ レトロ雑貨のブログ

行商の一つに飴売りが有ります。

三味線を持ち、笛太鼓鐘の類を合わせ、

小唄を歌いながら面白おかしく踊りまわり、三味線太鼓、

同時に音を発する様工風をなす」

 

飴売りの衣裳である渦巻きの着物を着て、

日本橋辺りを売り歩く。

子供が飴を買うと、御愛嬌に三味線を弾いて

足で細工すると箱の上の人形が鐘を打ち鳴らす。

 

これを、後の5代目菊五郎が飴売りの評判を聞き

舞台に取り入れようと、自宅に飴売りを呼び

動作や音節を習い覚え、市村座の舞台に乗せたt。

結果は大成功で、序に飴売りも飛ぶような売れ行きとなった。


そして、菊五郎からお礼にと紋入りの衣裳が贈られ

飴売りはそれを着て売り歩いたので、益々繁盛した。


100万都市江戸では、当然ながら商売は顧客を

獲得するに宣伝を多く持ちました、

記録では、天和2年(1682)看板に金銀箔押し

することを禁じ、更に、天下一という文字の使用を禁止した。

 

両替屋

みんなの知識 ちょっと便利帳】「人倫訓蒙図彙(じんりんきんも ...

この事から考えると、江戸での宣伝はかなり華美で

大袈裟なものになっていたのでしょう。

一番多いのは看板に意匠を凝らす事で、

天保通宝なら両替屋、蠟燭なら蠟燭屋、

目を描いてあるなら薬屋か眼医者、

これ等は商品と直結してるので判りやすいが、

反対に判じ物のように、

みて、はてな?と思わせるものもある。

江戸の職人 医師 2-1 | メタボンのブログ

例えば、白粉屋の白鷺、茶染め木綿が

書いてあるのが煙草屋、

紅屋(化粧品)は、紅い小さな木綿の旗、

海苔屋は、白と藍の色を使うのが特色、菊の御紋。

茶店は店先に柳の木がある。

 

「駒形堂吾嬬橋」 

絵の中に赤い幟が翻ってるが、ここは白粉などを商う店で

中島屋という店でした。

赤い口紅を販売してますよ!

お知らせの幟です。