芋と言うと山芋と里芋がある。
日本では里芋は南洋からの渡来ですが、どちらも
よく食べられていた。
山で自然に生えてるから山芋に対して、人の住む近くで
栽培されてるから里芋。
里芋は特に親芋の周りに沢山の小芋がついていて、
小芋から孫芋が出来るので子孫繁盛、豊作の縁起物として
好まれてきた。
薩摩芋が出てくるまでは女性の人気ナンバー1でした
里芋は、暑中見舞い(土用見舞い)にも使われました。
籠入りの里芋をぶら下げて、暑気見舞です。
丁度、土用の頃は里芋の初物が出る頃であり、
75日信仰もあいまって、初物を食べると75日長生きする、
という意味で御見舞いには適していました。
「籠入りの 親子手に下げ 暑気見舞」
親子とは、里芋の親芋、小芋の事。
唐菓子
仏教と共に伝わったもので穀物の粉を油で揚げたもの。
従来の菓子に比べてそれほど甘くはなく、柔らかくも無かったが、
油のコクが加わり好まれました。
清少納言も藤原行成から餅たんという唐菓子を贈られた話を
残してる。
甘かったのでしょう
平安時代の菓子
延喜式に記載されてる

砂糖が流通してなかった平安時代は、木の実やフルーツの
自然の甘みは大変貴重で、甘い菓子の事を「果物」と読んでた。
しかし、江戸時代になると砂糖が使われてるので水菓子と
言われるようになった
ちなみに主人に水菓子(果物)を差し出す時の作法が
小笠原流礼法にある。
「初物の瓜は割って錫の鉢などに冷やして出し、
箸で挟み上げて、主人に差し出しましょう。
大きければ皮を剥きます。
更に剥き方も有ります。
先ず手を洗います。
使用する小刀も洗いましょう。
次に右膝を立てて、瓜の頭から剥きます。
皮の数は、6つ半になるようにしてください!
自分の方に向けて切れ目を入れ、差上げる相手の方に
向けて、そっと小刀の先で突きだすようにして、差上げます。」
皮の数まで決まっているのです。
6つです。
おやつの時間なので、てっきり8つに切るものだと思いました
