江戸時代、茶の葉を売る店を葉茶屋といった
同じ葉でも煙草の葉を売る店もあり、そこでの仕事で一つに
「ちんこ切り」というのがある。
煙草の葉を出来るだけ細かく切る仕事でした
茶を飲ませる店は茶屋である。

街道筋にも多くの茶店が多く有った
最初は、農家が茶を軒先で飲ませてたが、次第に営業化し
仮説小屋で営業したのである
又、有名な寺社の門前や繁華街などで営業する茶店を
出茶屋と言い、その内飲茶と休憩をする店を水茶屋、茶屋と
いわれた。
応永10年(1403)京の東寺の門前に出来たのが茶店の始まりである。
旅回りの多かった仲蔵はしばしば街道の茶店で食事もしてる
都会で食事や酒を提供してたのが「煮売り茶屋」といった
元禄期の煮売り茶屋では、京・祇園の二軒茶屋と江戸は浅草寺前の
奈良茶飯が有名だった。
米に大豆を炒り、それに 「ほうじ茶と醤油 」で炊いたご飯で、
それに煮染め物が付いて「 銀五分( 現在の貨幣価値で約 1,000円 )
で食べる事が出来た。
手軽に食べることが出来る外食が江戸に登場したのです。
これは、明暦の大火で江戸の大半が灰燼となり、その復興のために
地方から大勢の人が仕事をし、或いは仕事を探すために
江戸に来た。
彼らの食事にぴったりのもので外食産業の始まりです
後に文化・文政の頃、いわゆる化政年間を迎えると
濃口醤油や酢、砂糖の普及、或いは調理法の改良で
鮓、天婦羅、蕎麦、鰻などが人気となり早くて安くて
美味いと江戸っ子に持て囃されたのです。
