江戸時代、茶の葉を売る店を葉茶屋といった

同じ葉でも煙草の葉を売る店もあり、そこでの仕事で一つに

「ちんこ切り」というのがある。

煙草の葉を出来るだけ細かく切る仕事でした

茶を飲ませる店は茶屋である。

今週の今昔館: 今週の今昔館(257) 柳茶屋、車道 ...

街道筋にも多くの茶店が多く有った

最初は、農家が茶を軒先で飲ませてたが、次第に営業化し

仮説小屋で営業したのである

 

又、有名な寺社の門前や繁華街などで営業する茶店を

出茶屋と言い、その内飲茶と休憩をする店を水茶屋、茶屋と

いわれた。

応永10年(1403)京の東寺の門前に出来たのが茶店の始まりである。

旅回りの多かった仲蔵はしばしば街道の茶店で食事もしてる

 

都会で食事や酒を提供してたのが「煮売り茶屋」といった

元禄期の煮売り茶屋では、京・祇園の二軒茶屋と江戸は浅草寺前の

奈良茶飯が有名だった。

奈良茶飯屋

米に大豆を炒り、それに 「ほうじ茶と醤油 」で炊いたご飯で、

それに煮染め物が付いて「 銀五分( 現在の貨幣価値で約 1,000円 )

で食べる事が出来た。

手軽に食べることが出来る外食が江戸に登場したのです。

 

これは、明暦の大火で江戸の大半が灰燼となり、その復興のために

地方から大勢の人が仕事をし、或いは仕事を探すために

江戸に来た。

彼らの食事にぴったりのもので外食産業の始まりです

 

後に文化・文政の頃、いわゆる化政年間を迎えると

濃口醤油や酢、砂糖の普及、或いは調理法の改良で

鮓、天婦羅、蕎麦、鰻などが人気となり早くて安くて

美味いと江戸っ子に持て囃されたのです。