代官の禄高は少ないが将軍の代理として行く訳ですから、
代官の赴任の行列は豪華です。
大名並みに槍持ちが付いた乗物に鞍覆を掛けた馬など
70人くらいの行列ですから立派なものです
但し、鞍覆いがあるとなるとただの代官ではなく
布衣を許された代官である。もしくは郡代。
赴任する際には今迄の借金を清算しなければならなかった
或る代官は500両あったが、それを前任者からの預かり金で
もって返済してる。
更に赴任先では、諸方への付け届け、あいさつ回り、
歓迎の宴席や旅の途中での度重なる本陣での宴席など
金が飛ぶように無くなった
そして500両の借金を持っていた代官は、何と700両になっていて
とても赴任までには清算できないとして転勤を延期して貰うために
幕府に詳細な借金返済計画書を提出し、それをみて幕府も納得
やっと5年後になって赴任できたという
中には借金を処理できずに罰せられた代官もいる
貞享元年(1684)大和国から越後国への転勤を
命じられた代官は,今迄の代官所での会計が
6千両不足していて処理できず、
京町奉行からの呼び出しや江戸からの召喚命令にも従わず
自殺未遂をおこなった。
結局、会計の不備がばれて息子ともども斬罪となってる
代官の多くは江戸の拝領屋敷を役所にしたり、或いは、
御用屋敷に入ったので家屋敷の売買は無かったようですが
長期出張による住宅の問題はというと
土地・家屋を売買するのです。
但し、土地と家屋を切り離して、転勤期間が5年間なら
5年分の値段で売買します。
そして、一番肝心なのは、
「もし、公命により帰任する場合は、直ぐ明け渡す事」
を一筆入れます。
そして土地代を貰い、家屋代も貰います。
勿論家屋は新築するなり、其の儘住んでも可能です。
そして、勤務が終えてまたこちらに来た場合は、明け渡してもらい、
その際は、家屋を買い戻すのです。
土地代は、其の儘です。土地代が家賃みたいなものです。
家屋は少し痛んでることが多いので、最初に売った値段よりは
少し安いのが普通です。
では旅の様子の記録があるので紹介します。
幕府役人の場合は「公用」ですので旅で使用する人馬は
「御定賃銭」といい決まった行程料金が有りました
前以て各宿は予定が伝達されてるので用意しておくわけです
伝達は「先触れ」といいます。
「駄賃帳」というのがある。
前もって出した人馬等の使用領収証みたいなものです。
侍が使用した人馬に対して宿場がそれに要した金額を
記入し判を押すものである。
これは、必ず持たされた。
武士や神官僧侶は、駄賃帳を持っているので、
宿場は駄賃帳に駄賃を記入し問屋の印を押した。
問屋場は、毎日、日〆帳という帳面に記入する。
宿場は毎日全国からの受付をして混雑しています。
予定の変更はよほどでないと出来なかったそうです。
東海道53次中膝栗毛の次は、この継立を意味してる
人馬は東海道では、馬100頭、人足100人で、
他の街道では半分以下となる。
馬や人足は宿が提供し、不足の場合は近隣の村から
臨時で調達します。
悪名高い助郷制度です
後で述べますが、和宮の降嫁の行列の時は、
総勢2万超の行列でしたからとても間に合うものでは有りませんで、
悲喜劇が多く起こりました
荷物の重さを計る荷物貫目改め所もあります。
荷物の重量や継立ての不正を取り締った。
大きさや重量違反は御例幣使など朝廷からの使節団が
特にひどかったようで、公卿というのは貧乏でしたから
勅使に選ばれると何としても此処で大儲けをして生活を
立て直そうとし、京の品物を多く買い入れます
「下がり物」といい、呉服や化粧品など京の物を江戸に持って行くと
非常に人気があったので売れる
そこで何でも積み込んで来る。
当然ながら重量など完全に超過してるが、
何分にも身分の高い堂上人の一行です。
文句など付ようものなら逆ねじを食らわせられるのは目に見えてる
そこで黙認せざるを無いのですが、実際に荷物を運ぶ人馬への
負担は大きかったことは言うまでも有りません
宿の一番高い所に座ってるのは問屋場(といやば)の役人。
言いがかりを付けて怒鳴り込んで来る武士などに備えて
高い所を設置し手が届かないようになってる
公定料金というと例えば、小田原・大磯間の料金は
本馬(馬) 荷物40貫 183文
乗掛 人と荷物20貫 124文
軽尻 人と荷物5貫 117文
人足 荷物5貫目 90文
これは公定のもので武士や参勤交代の行列が使う場合の料金。
幕府御用で使用の場合は無料。
庶民の場合は大変です。
倍額が普通であり、問屋場を通さないで直接交渉すると
中には足元を見られて法外な値段を
吹っかけられたという。
但し、目的を果たして帰ってくる馬なの値段は別で
ただ馬を連れて帰るよりは、人を乗せれば安くとも金になる。
「東海道中膝栗毛」でも「親方、かへり馬だが乗ってくんなさい」
と馬方に誘われ「安くしろ」と値段を交渉する場面がある
結局350文だったのを、最終的には200文にした。
これなどは旅慣れた人の交渉である。




