湯治

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湯治に治療の活路を見出そうとした方もいます

親戚などが金を出し合って上州草津に行ってますが、

3回り(3週間)の短期では効果が無かったのか結果は出なかった

湯治や寺社参詣については移動の許可が容易に出たのです。

これを使って旅行に行くケースが女性の場合多く、

つまり手形を持たずに旅に出る。

 

これは幕府の関所もあるが各藩の関所もあり、そこで通行銭を稼ごうと

言うもので長い旅では結構な費用になるし、女性が最も嫌であったのは

関所などでの身体検査や髪をいじられることでした。

 

幕末に女性が旅日記を記しているが、大体は手形無しで関所を

通過していて、そのやり方は情報が流れていて、又、

それを専門に手伝う人もいたようです。

勿論、関所役人も知ってるが知らんぷりです。

小身の彼らにとっては貴重な現金収入です。

 

温泉に行くというのは、湯治であり、病気を治療するものでした。

一つの期間の事を、巡り、と云いました。

一週間の長さだが、病気を治すには短いので、

大体三巡りの三週間が普通でした。

 

それに掛かる費用はというと結構掛かりました。

入湯の回数についても「枝折」には、「一日二,三度、六,七度くらいまでは

苦しからず」と案内が有り適度とされたが、実際は、無理して入湯する人が

多かったようである。

入湯の心得もある。

1、愚痴心

    入湯してもすぐには病気は良くならない

1、瞋恚

    のんびり静養しなさい

1、慳貪

    身勝手な事は止めなさい

1、邪疑

    自分が疑いを持てば、他人の実を失う

1、慢心

    他人を憚らず自分の諸芸(喉自慢)をするな

1、妄語

    嘘をつくな

1、色欲

    病人であることを忘れるな

1、飲酒  

    酒に狂い心を乱すな

1、悪口 

    他人の長短を言うな

1、邪見


 

料金だが江戸から湯治に来て3週間の経費は、

,宿泊費が一回りで200文くらい、

朝食と夕食代を入れると1分と200文。

これに布団代が加わる。

一回り(1週間)が250文、高いですね。

3回りだと750文。

ここまでで1両近くなる。

 

又、副食として行商人から魚や野菜や

或いは土産物も買うのでさらに金が掛かる。

合せると倍の2両は掛かる。

 

 

では、草津温泉は、ここも古来から知られていて、

ヤマトタケルノから始まり、時の有力者や権力者は訪れてる。

草津宿
 
 

番付でも、西の有馬と並んで堂々の大関である草津の湯。

お医者様でも草津の湯でも 恋の病はなおりゃせぬ

これは明治になってからの歌ですが。

 

江戸時代では、5代綱吉が愛好者で、5廻りを(35日間)するため

毎日3樽づつ江戸城に運ばせたという。

8代吉宗も又、愛好し、今も記念碑がたってる。

尤も、吉宗は下の病気ではと思われていて、

それほど、草津というのは花柳病に効があるとされていた
[夫婦連れ草津へ行くは腐れ縁」

旦那にうつされた病気の為に、文句たらたら一緒に草津へ。

 

その効能は健康な人でも、数日湯につかっていると、

柔らかに皮膚が爛れてくる。

爛れた部分から温泉の薬効分が吸収されるのだという。

草津の湯 我に逃げたる 医者も来て

匙を投げた藪医者もここにきて治すのである。

 

草津が庶民の間で利用されるようになったのは、

江戸時代に善光寺参りをした善男善女が、

草津に立ち寄ったからである。

文政3年(1863)には、年間30万人が訪れたという。

当時は、4月8日から10月8日までの半年の営業であるから、

かなりの人数である。

 

文政2年(1819)に草津を訪れた旅人の日記によると

辿り着きて見れば、まず家居の様聞きわたりしよりも

多く、其棟々しさ目を驚かしぬ」とあり、山奥にも拘らず、

周囲7,8キロ四方には田畑は見当たらず、

米は10里先から運んでくるという。

家は400軒以上あり、旅人宿も150軒、

その内大きな宿は3階建てである。


 

 

さて皮膚病の民間療法として広く使われたのは「茄子葉」。

茄子のへたを黒焼きにして飯粒で練り合わせたもので、はたけ・しらくも・

疣・黒子・汗疹など様々な皮膚病に対応できた。

玄伯が 下手でも治す 汗なまず」とある。

玄伯は藪の事で、へたと下手を利かせている。

 

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又、「江戸名所図会」には、蛸薬師が、疣取りに霊験あらかたとしてある。

「絵馬に蛸の形を描いて捧げ、蛸を断って祈願すると利益あり」

としている。蛸断ちである。

それぞれに 疣の世話する 蛸薬師

蛸薬師とは、江戸の名所・目黒不動のことである。

筍の名所としても有名でした。

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あとはお灸もよく行われていた

庭に艾が茂ってる家は、何日もかけてよく艾を揉んで使う。

医者に行くと診察料は、金1分。1両の4分の1です。

2,3万円の金が有る訳が有りません。

月収に近いですね。

 

往診料は、初会が1分1朱、それ以降は毎回1分。

何という高さなんでしょう。

更に往診は、距離によって駕籠代や弁当代を取った。

1里までが2分、2人で1両、3里以上は5両だった。

 

薬代はと、3日分が1両、7日で2分、保険など無い。

やむを得ず、裏長屋の住民は、医者に行かず

鍼灸や揉み治療、売薬に頼った。

灸だと24文、按摩は全身按摩で48文だった。

足だけだと半額の24文。