装束の着付けの仕方を「衣紋道」という。

奈良・平安の頃は、柔らかい装束が好まれ、1人で着付けが出来たが

次第に、武家の力が強くなるにつれて、糊を使ったゴワゴワとした

装束に代っていった。

 

江戸に参勤交代で出府して日記を書いていた尾張藩士・酒井は、

今はテレビでも取り上げられて有名人ですが、仕事は、この衣紋道で

殿様に着せたりするので大変緊張していましたね。

但し、仕事は暇と言っていいほどでした。

 

文官と武官に分かれている。

下のは、男子の正装。

女子の正装は五衣と唐衣と裳の十二単衣が正装です。

                 束帯黒袍
 
 

前者を柔装束と云い、後者を剛装束という。

剛装束は一人で着るのは出来ないので、手助けが必要である。

その装束の着こなしを「衣紋」、着付けることを「衣紋を上げる」

着付ける人を「衣紋者」と呼ぶ。

 

始まりは後三条天皇の頃と云われる古いもので、流派が2つある。

高倉流と山科流で、源が同じなので相違点は少ない。

 

衣紋に使われる装束は、夏と冬用が有り、以前は、4月1日と

10月1日だったが、現代では。立夏と立冬である。

それによって、夏と冬を使い分けている。

 

そして、衣紋を上げる、いわゆる、着付けをするのは、

宮内庁京都事務所の職員である。

着付けは一人ではなく、前後2人でやるのが当たり前であるが、

流派が2つ有るために、それぞれの流派の講習をやるという。


ただ、実際には宮中での着付けは、男は侍従がし、

女性は女官が着付けをするという。

 

やはり、講習だけでは出来ないのでしょう。

専門で行う人が必要となるのではといわれてます。

今は、人事異動が有るので定着してません。

但し、男子は男子の装束の着付けだけであり、

女子は十二単衣は勿論、男女両用の着付けを学ぶ。

学ぶのは、着付けだけではなく、色目・地質・紋様に

ついても学ぶという。

 

以前、十二単衣について書いて、軽くなったという事を書きましたが

もう一度紹介します。

平安時代の女性用の衣裳というと十二単衣が有ります。

別名「女房装束」五衣・唐衣裳とも呼ばれます。

女房とは、皇后や女御に仕える侍女を指す。

 

これは十二枚の着物を着るという事ではなく、袿(うつぎ)と

呼ばれる着物を重ねて着る事であり、何枚という決りは無い。

従って、或る女性など二十数枚を着たという記録がある。

 

従って、その重さたるや、現代で平安時代の物を復元したら、

20キロくらいになるという。

ただ、平安時代では、重さが8キロくらいであったと思われる。

その理由として、繭を吐き出す「蚕」の違いに依るからという。

 

原種である「蚕」の吐き出す糸は細く、

生地は薄かったようである。

その比率から按分して8キロという重さが出ています。

 裳などの織模様
 
 

尚、現代の女性皇族の皆さんが着る十二単は、

重なる五衣の部分が「比翼仕立」という、身頃は一枚で、

襟や袖、裾廻りだけ重ねている作りなので、

重量が軽減されている。

でも、長時間ですと負担に感じるでしょう。

 

その装束はというと、素肌に緋の下袴を穿き、その上に長袴、

単、袿(うつぎ)、打衣、表着と重ねて、更に下に裳をひき、

上半身に唐衣を着る。

  袿(うつぎ)
 

手には、帖紙(たとうし)と檜扇を持つ。

ですから8キロ重さが軽減しているのです。

かなり違うとお思いますが、長時間になると大変でしょうね。

 

宮妃のように、歩くのがやっという表現が適切であると思います。

 

着付けは、装束専用の着付けが居るので、時間は20分くらいで

終わるそうです。

ただ、女性の場合、時間が掛かるのは、髪の方だそうで

こちらには色々な物を付けるのが大変だという事です。

 

賢所に務めている方の様子です。

賢所にお勤めの人は、髪型は(おすべらかし)になります。

ハート型の髪型です。

 

ですから、賢所に採用が決まると、最初に、髪を切る事を禁止される。

少なくとも髪が肩より長くなるまでです。

3年ほど経過すると、坐ると畳に付くくらいになります。

 

勤めて最初の2,3度は上の方が手伝ってくれて髪を上げる。

しかし、それから先は自分でやります。

すると朝の勤務が終わって10時頃から上げようとするが、

夜の10時頃迄、12時間くらいかかるそうです。

苦労して上げた髪も3日目には解いて上げ直す。

 

寝る時は、江戸時代と同じように箱枕を使って寝るが、

慣れないうちは肩や耳の後ろが赤くなって痛くなる。

   

    箱枕

箱枕 

髪を上げる時は「鬢付け油」をたっぷりつけるので、洗う時は大変で

中々落ちません。

以前は、粉固形のシャンプーだったが、落ちませんで、最近は

良質のシャンプーを使いますが、それでも何回も洗わないと

落ちない。

 

以前は、「丁子香」といい江戸時代から使用されている物を使ったが、

原料のハゼの木が少なくなってきて製造が困難になってきた。

これは固練油でですが、これで髪を上げると、お客様が玄関に来ると

髪の毛特有の匂いがしたという。

 

現代の鬢付油は髪がピンと張らないそうです。

但し、洗髪は月に1回です。