夏 12節気 大暑

1年で一番厳しい暑さの季節です

夏の土用の時で、立秋の前の18日間。

7月20から立秋までの期間を暑中というので、暑中見舞いを

出すのはこの頃が正しい。

 

江戸では、里芋を、暑中見舞い(土用見舞い)にも使いました。

籠入りの里芋をぶら下げて、暑気見舞です。

丁度、土用の頃は里芋の初物が出る頃であり、75日信仰も

あいまって、初物を食べると75日長生きする、という意味で

御見舞いには適していました。

籠入りの 親子手に下げ 暑気見舞」

親子とは、里芋の親芋、小芋の事。

土用とは、中国の陰陽五行説によるもので、

春は木、夏は火、秋は金、冬は水。

そして季節の間が「土」があるので、1年に4回の土用がある。

只今生存してるのは夏の土用だけで、これは、他の土用に比べて

暑さ厳しく疲れやすい為に生き残ったようです。

それに負けないように夏バテ防止で鰻、お餅、蜆などを食べ

頑張ったのです。

 

でもそんな過酷な季節にも芽を出す植物もあるそうで「土用芽」と

いうそうです

原因は色々あるようですが、それでも尚芽を出そうとする気持ち、

見習いたいものです。

 

 

土用といえば土用干しもある。

衣服や武具、茶道具など虫干しにするのである。

将軍家の富士見文庫(お文庫)などは、1か月に亘って行い

しかも絶好の天候でないと行われない。

もし、風が強い日で行い大事な書物が飛んだりしたら、

腹切ったくらいではすまない。

その間、斎戒沐浴し、勿論、禁酒で行ったのです。

当時は和紙で出来ていたから手入れは大変で、

本の糊を食べる紙魚(しみ)が住みついて本を破損させた。

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一般の虫干しの初日と最終日には、茶飯、寿司、蕎麦

あんころ餅、果物などが振る舞われた。

 

しかし、それ以外の物も贈りました

久助を箱入りにして暑気見舞い

別に人間を箱詰めにして贈った訳ではない。

でも、江戸時代は、贈賄は公然と行われていて

賄賂に京女を人形のようにして箱に入れて贈ったという

話はありますね

 

それは兎も角、久助とは、吉野葛の高級品でした。

暑い時、食が進まぬ時に葛はゼリー状なので

摂取しやすい或いは、粉を練って餅のようにしたり、

水に溶かして葛水にしたり、勿論、葛湯もある。

葛切も有りますね。

水で練ったものを干し固めて細く紐状にしたものである

 

夏の贈り物として最適なものでした。

現代で葛という言葉は残ってるが、久助の事は

忘れられてしまったようである。

 

土用のホウロク灸もある

頭のてっぺんに焙烙を被せ、上に艾をのせて、

火を点けて灸するものでした

じりじりと伝わってくる熱さを我慢するもので、

堪える事により病魔を追い出そうとしたのです。

 

でも、焙烙というと行楽に舟で行くのですが、やっぱり困るのは

トイレです。

船中でするときは、女性の場合、どうしても我慢できないときは

焙烙を使った。

むろん恥ずかしいでしょうが、舟の停められる場所が無い時は

やむをえません。

ですから厠が付いてる小舟が近寄った時は手を合わせて感謝する。

当時は、大きな船でも付いてないのが多かった。

男の場合は何とかなるので心配なし。

この頃、今は暑中見舞い、

当時は暑気見舞いをします。

親類や世話になった家に挨拶に行くのです。

その時持参したのが、里芋。

 

しかし、それ以外の物も贈りました

久助を箱入りにして暑気見舞い

別に人間を箱詰めにして贈った訳ではない。

でも、江戸時代は、贈賄は公然と行われていて

賄賂に京女を人形のようにして箱に入れて贈ったという

話はありますね

 

それは兎も角、久助とは、吉野葛の高級品でした。

暑い時、食が進まぬ時に葛はゼリー状なので

摂取しやすい或いは、粉を練って餅のようにしたり、

水に溶かして葛水にしたり、勿論、葛湯もある。

葛切も有りますね。

水で練ったものを干し固めて細く紐状にしたものである

 

夏の贈り物として最適なものでした。

現代で葛という言葉は残ってるが、久助の事は

忘れられてしまったようである。