勘定所の役人である代官は、通常駕籠である。
2,3人の担ぎ手であり、但し、江戸を出ると
4人で担ぐ乗物になる。
これは、幕府の権威を示すものであり
使い分けたのです。
駕籠を担ぐのは駕籠かきで、乗り物を担ぐのは
陸尺といわれました。
乗物は、戸が引き戸になってます。
万喜の家でも、外出するときは、万喜や娘は
駕籠に乗り挟み箱を持たせたお供をつけるのが
当たり前ですから
そう考えると経費が掛かるのも、
やむを得ないことでした。
篤姫の婚礼道具の中の一つの絵。
桜島が噴煙を上げていて、庭を歩いてるのが
駕籠に乗るといえば、篤姫の事を思い出します。
彼女は後に、島津家と深い関係にある近衛家に
養女として入り、更に、13代家定の正室として
なったが、彼女が、まだ、島津家の分家の姫で
あったころ、生家は非常に貧乏で、廊下の天井などは
雨漏りがしたくらいで、外出の時も、格式上、
乗物に乗るが、その際、妹と一緒に中に入れられ
2人で乗り外に出たといいます
云うまでもなく貧乏の為に、個別に乗物を用意できない
為でしたが、それでも。外面はそれらしく見せたのです。
武士とは辛いものです。
他にも燃料代として薪代が3朱もかかった
これは風呂とか台所で使用するものです。
勿論、蝋燭や油も使ったでしょう。
ろうそくなど最も太い百目ろうそくなどは高価で
300文しました。
燃焼時間が3時間半、
明るさといえば60wの60分の1
従って非常に暗いし、300文というのは、米3升分、
米1升というと百文位でしたから、米が3升買える。
当時の職人の日当が500文位でしたから
日当が消えてなくなるのです。
ところが幕末の時勢が混乱して物価の値上で
米の値段も高騰し、米1升が200文を超え
米騒動が勃発したのです。
百目蝋燭などを使用したのは上級武士とか
大寺院などです。
遊郭も勿論使用した。
居酒屋などの人の集まるところでは、8間行燈と
云われるものを天井に付けて使用した。
同じように油も菜種油の一番高いものは
同じように1升300文でしたから、安いのなら
魚油ですが煙がひどく、煤が出て匂いが強烈です。
だから、室内が汚れるので年末の煤払いが
重要になるのです。
1番かかったのは、親類や同僚、上司へとの
冠婚葬祭費や交際費でした。





