江戸時代は、病気の数は404であると云われた。
人体にある肺・心・脾・肝・腎にそれぞれ81の病気があると
考えらえれたからである。
特に死亡率の高い流行り病があった。
疱瘡・麻疹・コレラなどである。
特にコレラや麻疹は多数の死亡者を出して世の中を暗いものにした。
この病気に対しては適切な対処法は無く、ひたすら、疫病退散を神仏等に
願い、養生に務めた。
麻疹は20年が周期であったが天保7年の時は、6月半ばから始めり
7月には麻疹患者がいない家は無い状態になった。
この時の江戸の死者は14、200人だった。
麻疹
孰れも罹ると死に至る病気であり、疱瘡などは赤子が罹りやすく、
乳幼児の死亡率は70%を超えるものでした。
「はえば立て 立てば歩めの 親心」
地域によっては疱瘡を乗り越えてから、赤子の名を付けたほどである。
「7つ前は 神の子」
児が生まれたとしても、未だ、神の支配下にあると考えたのです。
そこで行事をすることにより、仲間入りをした。
「お七夜」そして、「宮参り」
最も重要とされたのが、「お食い初め」でした。
産れて百日目、或いは120日目に行った。
一生食い物に困らぬように成人することを願ったものです。
別名「箸初め」ともいい、乳離れをする日です。
子供用に新しい茶碗や箸などが用意され、赤飯に焼魚が添えられる。
魚は、ほうぼうやイシモチなどの頭の大きな魚が選べれ、
将来人の頭になれる様にとの親の切ない思いである。
赤飯は、厄除の意味が込められている。
赤色というのは、江戸時代、そういう意味で使われたようである。
そして、膳には必ず小石をのせて、歯が丈夫になる様にと、
噛ませる真似をするのである。
このように色々な行事を過ぎて、やっと「七五三」となるのです。
ようやく、「神の子」から、社会へ仲間入りをするのです。
疱瘡には、守護神と疫病神があるとされ、守護神を村などの入口に祀った。
そして、疱瘡になると、病気の子供の部屋の神棚に疱瘡神を祀り、
衣服・寝具・用品・備品すべてに亘って部屋一面疱瘡神の
好きな赤色に染めた。
そして、家の入口には鐘馗様や源為朝などの強い武将の絵を貼り
家の中には、こんな強い武将がいるぞと疫病鬼を脅かしたのである。
為朝は八丈島に流されたが、そこだけは疱瘡の患者が
又、難病としては梅毒があった。
永正9年(1512)に初の患者の記録があるが、江戸時代では、
京阪や長崎、江戸では病人の10人の内、8人は梅毒であったと、
全国を旅した医者・永富が記している。
勿論、特効薬は無く、神頼みなどをして神仏に縋った。
代表的なのは、笠森おせんで有名な笠森神社である。
梅毒には、瘡が出来ることから同じ名の笠森神社に詣でた。
笠森神社
梅毒は遊郭が感染源が大であることは判っていたが、江戸時代を通じて
一度も検査等をしなかった。
初めて検査したのは外国人が日本に来てからの事であり。
万延元年(1860)のことでした。
それも、船員が利用する可能性がある外国からの再三にわたる
要求からであった。
遊郭の一角に検査所が設けられ、実施された。
「絵で描いた絵草紙をやめにして 生で見たがる馬鹿な役人」
初の検査
此処では一般的な、誰もが罹る病気を取り上げ、庶民がどのように対処
していたかを見る。
「頭痛」
時代に関係なく発生するものである。
簡単なのは頭をきつく縛ることがある。
時代劇で見られる病人が鉢巻をしている図である。
「梅干しを 二合目に貼る 富士額」
こちらもどの時代でも活躍する梅干しの登場です。
梅干しを擂り潰して貼るのは、古来からの民間療法である。
しかし、同じ額に貼るのでも
「寝過ごして 嫁梅干を 顔に当て」
梅干しを貼っておけば、頭痛のように見えるので、姑も煩く言わない。
こういう使い方も有ります。
もう一つおまけで、「嫁の屁は 五臓六腑を かけめぐり」
我慢に我慢を重ねて、嫁とは辛いものなのです。
ところで「屁」と「おなら」の違い判りますか?
広辞苑などの辞書では、同義としてある。
でも、江戸時代は使い分けたのです。
「屁をひったより気の毒なおなら也」
屁は許されるが、おならは駄目だという意味です。
女性はしてはいけないのです。
しかし、これが嫁の屁の様に、出口が無くて行き場が無くなり、
グルグルと駆け巡り中に籠ってしまうと大変です。
ストレスがたまり肌が荒れます。
だから、遠慮なく健康の為に出すべきです。
「尻と顔 両方へ出る 娘の屁」
「古事類苑」によると、屁というのは男言葉であり、
「おなら」というのは女言葉だったようです。
「おなら」というのは、鳴らす、という事から出たらしいですが、
屁というのは何でしょうか?
「放屁」というと、「ほうひ」と呼ぶ、「ほうへ」ではないのです。
でも単独ですと、屁「へ」になる。
この辺が摩訶不思議な所です。
何方か判る方いますか?
又、莫迦なことを云っています。
長命で有名な天海大僧正が3代将軍・家光に長生きの秘訣を聞かれ、
答えました。
粗食・正直・日湯・陀羅尼・おりおり御下風。
粗食。
これは判ります。
だから、グルメは長生きできないという事です。
正直
ストレスを溜めないようにということでしょう。
日湯
これは風呂の事です。毎日入りなさい。
陀羅尼
梵字(サンスクリっト語)の経典を読誦することです。
御下風
これは、「屁」です。
ただ、下風という言葉は梵字である。
「屁をこく」などと云ったことは言いません。
悟りを開いてますから、音も匂いも違う事でしょう。
仏教説話集に逸話がある。
「或る日、京の東洞院の六角堂が焼失し再建資金を集める為に
偉い坊さんが説教していた所、若妻が居眠りをしていた。
そして、突然、下風をしたのである。
しかも、音も凄く、匂いも強烈なやつである。
堂内忽ち森となり静寂に包まれた。
「百日の説法屁一つ」である。
すると、すかさず、坊さんは云いました。
「笛・琴・琵琶などは妙なる音を出すけれど匂いが無い。
様々な香りは素晴らしいけれど、音が無い。
今の下風は、音もすれば、匂いもある。
立派なものではないか」と。
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