前原から深江までは短い距離ですが、宿の支配が違いました。
前原は福岡藩、深江は中津藩の管轄でした。
前原宿は、江戸時代初期から宿場町として栄え、
黒田藩の関所や代官所も置かれていた。
本陣は、法林寺辺りにあったと思われています。
法林寺は、天正2年(1574)の創建です。
脇本陣の綿屋は、人馬継所が傍にあったと思われる。
本陣跡

代官所は、人馬継所と同じ並びにありました。
その真向かいに御茶屋が有りました。
人馬継所

追分石には、「左 加布里 唐津道 右 芥屋大門参道 舷越湊道」と
彫られています。
諏訪神社
熊野神社は、近くにあり、唐津街道に面しています。
「西宮神社が有り、その先に「一貴山 銚子塚古墳」がある。
糸島地方最大の前方後円墳で、地元では「金の銚子が埋まっている」
との伝説から銚子塚と呼ばれている。築造時期は石室構造や出土遺物から
4世紀後半と考えられており、古墳時代前期、大和朝廷と強い繋がりを持った、
糸島一帯を治めていた首長の墓と考えられている。
諏訪神社と熊野神社の中間に追分石が有ります。
石には、「りゅうこく寺道」と彫られている。
更にその先羅漢川に架かる上新川橋の横に追分石が立っている。
次は深江宿。


