筑前21宿の一つで、名柄川の河口に開けた港と姪浜浦に面して

商人町、漁師町、そして宿場町が混在し「姪浜千軒」と呼ばれ繁盛しました。


東構口は今の蛭浜小学校付近、西構口は興徳寺付近であったと思われる。

又、御茶屋(町茶屋)は、茂木病院であろうと思われる。



愛宕神社

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旧称・鷲尾山の山上にあり、[火の神]を祀っています。

鎌倉・室町幕府の奉行所の鎮西探題が置かれたところ云われています。
連歌師の宗祇もここを訪れて、この辺の景色を褒めています。


 「猪野にゃ7度  香椎にゃ3度  愛宕様には月参り

と謳われました。

未だ、この辺は昔の面影を残しているようです。
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万正寺

渋川尭顕探題の菩提寺で、探題塚が近くにあります。

延元元年(1336)九州の支配の為に探題を置きました、

塚には、「鎮西将軍貫峰日大居士公位」と彫られた石碑が有ります。


住吉神社

[商売繁盛]・[家内安全]の神として親しまれています。

住吉神社


イザナギ尊が禊払いの時、河童が現れ道案内のお手伝いをしたことにより

[除災招福]の神の使いになったという伝承があり、境内には河童の像がある。

河童


興徳寺

鎌倉時代、肥前の守護職である北条時定が建立、後に大応国師が開山。

禅宗寺院で所蔵の国師の肖像は徳治2年(1307)弟子に与えられたもので

国の重文です。「絹本著色大応国師像


この近くに旦過だるま堂があります。

興徳寺の旦過寮(旅の僧を宿泊させてもてなすところ)の跡です。
達磨大師を祀っています。
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蛭浜から今宿への道は、海岸と松林と岬の風景が続き、素晴らしいものです。


太閤水

秀吉が名護屋へ行く途中、立ち寄り茶の湯をたしなんだ湧水で、

別名「薬水」という。

傍には、毘沙門天のお堂が有ります。


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