「東海道名所図会」では、この宿は、船着きにして、旅舎商家多し。繁盛の地なり」
神奈川台とて、風景の勝地にして、西の方に富士山が見える)と褒めています。
亀甲煎餅が名物だそうです。
本陣2軒 旅籠58軒 家数1341軒、人口5793人。日本橋から7里。
その手前の子安に、観福壽寺がある。
この寺には、浦島伝説がある。
絵を見ると、かなり地形が厳しそうな感じがするくらいの険しさである。
浦島太郎の伝説はあまりにも有名です。
助けた亀に竜宮城に連れて行かれた浦島太郎が、乙姫から貰った玉手箱を開けると
中から白い煙がでて、白髪の老人になってしまったという話です。
ところがです、ここには、太郎が乙姫から渡されたという観音像を祀った
観音堂が有り、
太郎父子の弔い塚が有り、玉手箱や釣竿も有るのです![]()
又、帰ってきた時に、足を洗った井戸や川が残っています![]()
そして、年を取った太郎が両親の墓を探す時に、乙姫が松の枝を照らして
導いたそうです。
その為この寺は、長い間浦島寺或いは浦島観音堂として呼ばれてました。
ところが、幕末に火事ですべて焼失し、廃絶してしまいました。
現在は、太郎が持ち帰った観世音像が慶雲寺に安置されています。
又、慶雲寺は、横浜開港当初フランス領事館として使われました。
絵を見ると、浦島太郎の墓は、観音堂の左手にある。
形の良い松が、山の頂上に見えるが、江戸時代はその枝の下に置かれた燈明台は、
夜は火を燈されて江戸湾を通る舟の良い目印になったそうです。
浦島伝説は、この町に残り、町名に浦島が付いた名の町が多く残っています。
小学校や中学校もそうです。
この町が有名になったのは、幕末です。
アメリカとの交渉の拠点となってからです。
アメリカとの交渉は、人目を憚り、僻地の横浜村で行われた。(当時100軒くらいしか
家が有りませんでしたので)
ところが、あまりに見物の民衆が多く、見物禁止令を出したほどです。
神奈川宿の近くには寺も多く、ヘボン式ローマ字のヘボンが住んだ成仏寺、
或いは、ヘボンが無料診療所を開設した宗興寺などもある。
又、富士伝説で有名な浅間神社(せんげん)、横穴が富士山まで続いているという伝説。
「神奈川台の関門」
台場というと、東京を連想しますが、神奈川にも台場はありました。
1859年完成、14門の大砲を備えてたそうです。
勿論、外国船警備の為。
又、横浜開港後、外国人殺傷事件が多い為に、
神奈川台と鶴見川橋の袂に関門が設置された。
(写真参照)
神奈川宿付近



