長命寺は、1609年家康の家臣が部下の菩提を願って、知行地に古堂を作ったのが始まりである。
水戸徳川家との縁が深いという。
その前の宗林寺は、家康の茶師である家臣が開基した寺。
この辺りは、土地が低く田圃や池に恵まれていた為に、
蛍の名所であり、蛍沢と呼ばれた。
絵の文には、「境内にあり、又、明林寺の池をも蛍沢と唱う。
全て、此の辺り、蛍の光他に勝れたり。
「草の葉を落ちるより飛ほたる哉」芭蕉とある。
「江戸名所花暦」も褒めている。
養福寺は、真言宗豊山派、開創は1620年。
仁王門は、1708年に建立。
南泉寺は、臨済宗妙心寺派で、1616年将軍御典医の娘が秀忠に願い拝領した3千坪を寄進し
開基となった。越前福井家の帰依も厚い。
神域には古木が多く、この地の豪族が立てて、太田道灌が江戸城の出城にしたという。
高台の為に、見晴らしがよく、四季を通して景勝の地である。
広重は好んで描き、他の本でも多く描かれている。
其の4の絵では、高いところにある松が良い姿を見せている。
下に見える青雲寺の境内である。
「木陰より眺めれば荒川の流れは白布を引くが如き、筑波、黒髪の山々は描くに似たり」と云う美しさであった。
続いて「この麓は、豊島川に続く入り江で、米穀その他全て運送の舟は、この松を目当てにしたものである」
青雲寺は、臨済宗妙心寺派の禅寺で、下総堀田家の祈願寺であった。宝暦年間に開創されている。
別名「花見寺」と呼ばれた。
絵を見ると、大勢の人が気ままに見ている感じが判る。雅趣を心行くまで味わっているのであろう。
広々とした庭園には、様々な起伏が見られ、のびやかな散策の地を構成している。

