右には金波銀波に白帆が浮かぶ江戸湾、左には松を抱いた岡が有り、風光明媚そのものでしょう。
松の向こうには江戸湾、その向こうには房総の山並みが見える。海沿いの松並木の道は東海道、
突き出た半島の集落は品川宿である。
道の両側には、巨岩が露出し、形の良い磯馴松(そなれまつ)が2本どんと立っています。
大きい方を鎧掛松と呼びます。
高さ 20メートル以上 幹の太さは 牛が隠れるぐらいだそうです
枝は柳状にたれ 地上から1.5メートルぐらいの所まで来ていた
その昔、八幡太郎義家が奥州征伐の際に立ち寄った時に、鎧を松に掛けたからと云います。
又、松の根元は巨大で傍を通る馬が小さく見えるほどで、昔、牛を底に隠したという話も頷けます。
坂道の左には、細流がある。水量が有るみたいで田圃に流れ込んでいる。
見晴らしの良いこの坂を、八景坂(やけいざか)と呼ぶ。(現代は、はっけい坂)
八景とは?
荒藺崎夜雨(あらいさきのやう)、大井落雁、鈴森晴嵐、羽根田帰帆、海上秋月、
六郷暮雪、震橋友照、東海寺晩鐘の8つである。
どれをとっても、名前といい、語韻といい惹きつけるものを感じます。
相当な急坂で、雨水が流れるたびに坂が掘られて薬研(やげん)のようになったため、
薬研坂と呼ばれていたそうだが、坂上の眺望が良いため名所として知られるようになり、
また江戸時代にこの辺りの八景を選んだことから八景坂と呼ばれるようになったようだ
坂道を上がってきて、ほっとして、休みたくなるところに萱葺きの茶店が有ります。
右手に幟を持って歩いてくる人は、諸国代参の旅人でしょう。
後ろを馬を曳いてくる人は、桶を馬に付けているので、多分肥しが入って畑に行く途中なのか。
のんびりと縁台に座って、話しをしてる2人連れが居ます。
天気も好さそうなので、素晴らしい景色を見ながら話も弾むことでしょう。
「六郷の渡し」を渡り江戸に向かうとき、鈴ヶ森の刑場を避け東海道の途中から
山王近くに向かう道をとり、この茶屋で休み、それから南品川に向かったらしい。
この高台は、木原山とか陣屋山とも呼ばれ、新井宿の領主木原氏の陣屋と屋敷があった。
江戸時代に此の一帯は将軍家の鷹場になっており、陣屋はその際の休息の場として使われた。


