街道に面して、門前町を作り、大きな惣門を入ると右側に「柳の井」がある。
弘法大師が念じタラ、水が湧いてきたという故事が有る。
参道の両側は、支院が並んでいる。
その先には、中門が有り、左には、善福寺の象徴ともいえる有名な「お杖銀杏」がある。
庭の大銀杏として知られ、親鸞上人が杖をさしたら、木が出て、枝葉が繁茂したという。
寺歴によると、1229年、親鸞上人がこの寺に立ち寄った時に、当時の住職が親鸞の人柄に
感銘して真言宗から日蓮宗に改宗したと言われている。
裏門側の坂は、仙台坂と云われる。仙台伊達家の下屋敷が有ったことによる。
家康が入府したころの善福寺周辺はと云えば、
「うぐいすを 尋ね尋ねて 阿在府まで」(あざぶ)と云う句から、
鶯が終日鳴き交わしている情景が想像される。
麻布と云うのは、永坂、日が窪、桜田、本村などの昔からある集落を意味していた。
それが、江戸の町の拡張に伴い、段々高台に行き、周りに小川や田圃のある
光景のある、又、水車が回ってる音がする地域になっていった。
麻布善福寺と云えば、幕末の事件が思い起こされる。
イギリスの公使館に充てられたことから、攘夷を叫ぶ浪士の襲撃を受けたり、
或いは、格子の通訳のヒュースケンが襲われ殺害された事件が有る。


