江戸六阿弥陀詣でとは、江戸の人々が春秋のお彼岸に行基菩薩の作と
伝えられる六体の阿弥陀仏を巡拝したもの。
江戸六阿弥陀は、行基菩薩が一夜の内に一本の木から六体の阿弥陀仏を刻み上げた阿弥陀仏です。
依頼した長者が六ヶ所に寺を建立し、六体の阿弥陀仏を一体ずつ安置したと言われています。
絵の文から、「春秋二度の彼岸には、六阿弥陀廻りとて、日かげの麗らかなるに催され、
都下の貴賤、老いたる若き、打ち群れつつ朝とく宅居を出ずるといへども、行程遠けれは、
遅々たる春の日も長からず、秋は殊更暮れやすうおもはるべし」と。
簡単にはいかないぞと、言いたげな感じですね。
阿弥陀如来に帰依する浄土信仰は、奈良平安時代から庶民の間に広がり、江戸時代になると
盛んになり、彼岸の時期になると巡拝する事が流行した。
廻り方は、太陽の回る方向に従って、東から南を通り、西へと歩いてお寺を参詣する習慣が生まれた。
色々な経路が有るが、代表的なものとしては。
1、上豊島村 西福寺 2、下沼田村 延命寺 3、西ヶ原 無量寺 4、田畑村 与楽寺
5、下谷 常楽院 6、亀戸 常高院
又、西方六阿弥陀は。
1、西久保 大養寺 2、飯倉 善長寺 3、三田 春林寺 4、高輪 正覚寺
5、白金 正願寺 6、目黒 祐天寺
これらは、一日の内に歩くことが原則であった為にかなり強行軍だったらしい。
日の出とともに、家を出ないと無理だったでしょうね。
何しろ、徒歩で行くわけですから。
「4,5番で 腰のふらつく 六阿弥陀」