上野広小路は、明暦の大火の後、もともと「火除地」として設けられた地域であった。
そこに、仮設しか認められないが、小屋が建ち並んで街並みを作った所である。
絵を見ると、色々な見世物小屋の名前が書いてある。
先ず、右手から。「曲馬」です。高い櫓が立ち、中で馬が二,三頭走っている。
色々な芸を見せているのでしょう。周りは、二階建になっていている。
その向こうは「見世物」。
珍獣や、手品、人形劇、覗きカラクリなどである。
隣は、浄瑠璃。演台らしきものが見え、客も見える。
次は、「講釈」。講釈師見てきたようなことを言い、と云いながら軍記物、仇討物などを
朗々と語っている。
「茶屋」のところでは、居合抜きをやってるようです。
「物まね」もあります。役者の声や仕種を真似足り、動物や鳥の鳴き声も真似します。
「軽業」綱渡り、梯子乗り、籠脱けなどをやります。
「土弓」は、弓の射的です。風が有ると困るので、ここは屋根が有ります。
そして、極めつけは、左隅にある寺、「啓運寺」です。
「山下は じゃまな所に 寺一つ」
啓運寺の前では、「曲独楽」をやっている。
「曲独楽」といえば、松井源水です。
子供遊びにすぎなかった「独楽遊び」を、独特の趣向と工夫を凝らして、
遂には、将軍の上覧を得ました。
松井家は代々「源水」を名乗り、明治・大正の頃まで存続しました。
その先には、茶屋がずらりと並んでいる。
奈良茶飯を自慢の店のようである。

