この神社は、上野に寛永寺を創建するさいに、上野山より東坂下に移された。
更に、1668年の火災が有り、ここ下谷に移されたといわれている。
通称「下谷の鎮守」。現代では、下谷神社と呼ばれている。
中野に広徳寺という浄土真宗の寺が有る。
この寺は、昔、下谷にあり、その祭礼の時は大変な賑わいを見せたと云われている。
本文では、「広徳寺向ふ側にあり。故に俗呼びて広徳寺の稲荷と称す。是大なる誤なり。別当を
正法院といふ。当社祭礼は、隔年三月十一日に執行す。下谷の鎮守と称す」とある。
祭礼の日は、現代は五月十一日です。
立派な鳥居と石橋が印象的です。
神門と透かし塀も立派である。
両側に葭簀張りの店が並んでいて、客が中で何か食べているようなので、茶屋みたいなものなのでしょう。
道では、子供たちが「わいわい坊主」を囲んで囃し立てている。
「わいわい坊主」とは、牛頭天王の札を家を廻って配りお金を貰うものである。
脇を子連れの親子が通るが、子供が「わいわい坊主」の方に気を取られている。
板東平氏の流れの豪族が秩父より出て江戸を支配し江戸氏を名乗りました。
この江戸氏の守護神が牛頭天王だったようで、江戸氏は江戸を太田道灌に譲り
喜多見に移り喜多見氏を名乗り、今の地に牛頭天王信仰をもたらしたようです。
毎年8月2日に「天王様のお祭り」が行われています。
氏子さんは多く、無病息災祈願の「湯立の神事」への期待は大きいようです。
世田谷区教育委員会が案内板でていねいに「湯立の神事」を説明しています。
