メタボンのブログ
新川は1660年に河村瑞賢が開削した。長さ600m、幅15m。

両側には、酒問屋の蔵が並び、樽廻船が運ぶ「灘の生一本」を回船宿の艀が

各蔵の荷揚げ場まで届けた。


1726年に江戸に入荷した酒の量は、79万6000樽。

当時、酒問屋は30軒在ったが、殆どが新川筋に在った。

だから、季節時には、このように沢山の酒が集まってきた。


路上2カ所で酒を囲んでいる集団が有る。看板に酒売場と有るので、樽酒を飲めたのでしょう。

樽を囲んで試飲している人もいる。


江戸で消費される酒は、灘や伏見で作られた酒で、下り酒と云って、大変貴重な

美味い酒として重宝され、値段も高かった。

その為、町の酒屋は水を入れて薄め安く売るようにした。

従って、店により味も違うし値段も違う。


京阪から來るものは、「下り物」として珍重されました。

それに対して、あまり価値の無いものを「くだらない」というようにされました。


酒の中には、「剣菱」のように、将軍御用達のような、現代でも残っている酒もある。

船に積まれ江戸へ向かう途中富士山が見えるくらいまで来ると、丁度、酒も揺られて、

樽の杉の香が溶け込んで、頃合の味と旨さになる。それで富士見酒と呼ばれた。