何処まで行けばいいのかわかりませんが、止められなくなってきちゃいました。

ドア熊さん、八さんの住む長屋はどうして出来たのでしょうか?

江戸は大都会として発展し武家方50万、町方50万の人口を持つ巨大な町になり、富裕な町人が出現してきました。町を支える彼らは当然ながらあちこちに土地を所有してました。そして、その土地を利用し長屋を作っていくようになりました。何故はてなマーク

理由は町の色々な諸役務の費用を捻出するためです。庶民は所得税ほか不動産等に関する税は免除されており、それらは地主が負担することになっており、水道、消防、祭礼、災害時の援助等が地主の負担になってきたからです。その費用を長屋を作って供給し安定した金でそれらに充てる必要が出てきたからです。

そして、運営し始めましたが段々自分で管理することが困難になり代理人を立て委託するようになりました。それが、今も残る大家(家主)です。

この大家(家主)は、株仲間を持ちその株は100両という価値がつけられ運営され株の運営により配当も受け取るようになりました。従って、その権限、責任は大きく、落語でいう「大家と言えば親も同然、店子と言えば子も同然」というのは冗談ではありません。役目としては、家屋の管理は勿論、奉行所との仲介、町政への参加、旅に出る際の手形の任務等諸々あり。もし、入居させた人が犯罪を犯したら、大家(家主)も連帯責任を負い、重ければ遠島などの重罪に問われるため、入居に関しては厳格で納得がいかないと入居させませんでした。(当り前ですよね)!!

では、その大家(家主)の収入はというと、

地主からの給料(歩合給)、余得(口利き、挨拶等)が有りましたがとてもこれでは旨味が無く、なり手が少なかったでしょう。ところが他に大きな収入源があったのです。

それは、長屋のトイレの糞尿代うんち(食事中の方、食欲を増進させたらゴメンナサイ)

農家と年間契約を結び、一人頭いくらと計算され、金に換算されて大家の大きな収入とされ年間30両くらいにはなったそうです。

ちなみに、長屋に住む大工さんの年収はとみれば、1日の手間賃が600文として計算しても、年間30両。1年で親子3人で暮らせる金額ですから、同じくらい稼ぐ糞の威力は絶大です。

ですから、配当金20両、余得10両、糞代30両。合計60両。どうです、希望数多でしょう。世間に認められ収入もあるから株の値段も高く入るのも大変だったでしょうね。

ただ、気配りも必要で、入居人の仕事が同じ町内に有る場合は入居させず共存共栄を

考えることも必要でした。

序に、長屋のトイレは1列になっており、下半分だけドアが有り、誰が入ってるかすぐに判り。掃除は当番を決めて順番に行ったそうです。

ゴミは徹底エコ化を計り、隅から隅まで利用して無駄の無いように使われゴミを出さないようにし、服なども古着店が一つの町に沢山並び(有名なのは神田川沿いの柳原土手で両側に店がびっしり並び繁盛)、ランクを付けられそれぞれの値段で大いに需要が有り、繁盛したそうです。

リサイクル化は見事なもので現代人が見習う必要が大いにあると思います。

次はリサイクルに行かないとダメかな。誰か止めて。