またまたやってきました。江戸フリーク。
今日は、一日を朝から密着してお送りしたいと思います。(お前は、レポーターか(^人^)
何度も触れてるように、江戸の割合は、武家等が8割以上の土地を占め、残りの2割弱の土地に町人等が群れを為して住んでる訳です。何処に?言わずと知れた長屋です。折り重なるようにして、勿論プライバシーなどの難しいものはありません。何を食べたか、何を話してるかは筒抜けです。でも、逞しい庶民は、そんなものはなんのその
貧しくても「お互い様の気持ち」で運命共同体の気持ちで生き抜いていきます。
まず、「時の鐘」から。江戸市中に一日の時を知らせる鐘は、日本橋本石町の鐘で知らせました。係りが居まして、家康から役目を任命され、代々、辻「源七」を名乗りました。そのうち、市中も広がりここ一箇所だけでは無理になり。あちこちの場所の鐘も時を知らせるようなりました。
辻家は、時の役目を務める代わりに、日本橋の周りの町からも、1軒につき月4文の金を受け取ることが出来。例えば、1738年の記録によると、辻家の年収は約90両で、
支出としては、鐘つき人足5人分の給料、時計に磨き賃、他生活費の合計で41両が計上されてます。残り50両。1月当たり4両が手取りですから裕福ですね。
江戸の時刻は、十二支と数字とを用いるのが有り、子の刻にあたる午前零時が九ツで、以下二時間ごとに八ツ、七ツとなり、正午はまた九ツとなった。
やっと、朝になりました。
明け六ツ頃、木戸が開き長屋の朝が始まります。(もち、木戸番が居ます)
夜明けと同時に、納豆、しじみ、豆腐、惣菜、(何でもあります)を売る声が聞こえ朝がスタート。
一日の仕事時間は、大体午前八時から午後六時迄。季節によって異なりますが。
この頃は、ご飯炊くのは朝の一回だけであり、(従って温かいのは朝だけ)朝のおかずは売りに来るもので済ませます。亭主は弁当持で仕事へ行きます。(あぁ、清々した)
これからは女房の天下。井戸端会議で花が咲きます。子供は手習い、でも昼は食べに帰ってくるので子供と一緒、お昼は適当に(又行商が来ますから)、夜は一品足してというのが普通。給料が貰ったら少し豪華にいきます。(お楽しみ
)合間に女房は内職に励む家もあります。(どこの時代も一緒ですね)![]()
この後は、又。