昨日遂に
小学生依頼、ひっさびさに上陸させていただきました。

夢の国(某D海   🐭🏰‪‪
(後々タグをつけることになる)


新たなアトラクションが増えてたり、
景観が美しかったり、
あっという間に童心に帰らせてくれる、

もう今は居ないけど、
私を愛してくれた大切な人との時間がたくさんあふるる
そんな体感でした


~ この体験価値にしてこの値上がりあり ~
全く問題ないよう感じております😆笑←






一方で、ひとつ
「現実き世界の煩悩を、そんな場所へ上陸させる行為は非常にノイズ」
に感じた感覚も覚えました。


「せっかくこんな貴重な体験のできる場所なのにな」って

けどそのような美しさこそ絶対的である世界もあるんだなと思います。
視覚に全集中させることは非常に効率がいいとも思えます。

むしろ多額を支払ってこそ、自らの価値を高めるため、社会に発信するため、充実させるため、元は取るべき。
本当は何通りにも各々の楽しみ方があるなか、
「これこそ至上主義」と圧をかけられ自分の自由が剥奪されようと、いまは楽しんでるよう見せるべき。

そういう感覚もあるのかもしれませんね。



「大人になって見える世界はなんだろう」
そうずっと問うてきた子供時代でした。
結果、良くも悪くも"増えていました”

変わるものと変わらないものがあった
 

ときにそれは、気持ちがざわつきを覚えることであるかもしれない。

今まで信じてきたことと反対の世界があったかもしれない。

でもきっとそんな「極悪」という程のものでも無いのかもしれない。



わたしは、この世で若さを溶かしていくなか,
視野が狭くなることを最もおそれています。
とても恐ろしいと感じます。

きっと、自己成長欲が途絶えることで進化できなくなってしまうと考えるからです。



けど、
①(変遷の流れを捉えること)
②(普遍であるものを捉えること)
これらは別ものと仮定すると

②に寄っていく自分を嘆くのはまだ早い
それはそれ、だって①の視点もあるから。
ってマインドでそんなに悲しまなくていいのかも、、?
っていま思ってます。





今度は,
心置き無くお互いの歴史を語り合える友人と一緒に
夢の国へトリップしてみたいと
思いながら、
地元の友人のチャット欄を開くのでした。  🐭🏰‪‪








どうか残りもよい休日を☕