(3) 神聖性
神聖性とは、自然や人工の対象物、人間や動物など、おおよそ文化として容体化されたもの全てに宿りうる神聖な岩や木とか、聖なる牛などである。これらは、時には超越的な力、あるいは宇宙的な原理であり、何らかの形で人間を越えるものと理解され、宗教を形成する大きな特性の一つとなる。
(4) 超越性
特に、唯一神教において宗教的超越性が見られる。聖書やユダヤ教などでは、唯一神が宇宙を超越創造し、神が世界の中で働いて、その意志を世界の様々な歴史的過程を通して啓示するとする。
そして唯一神教は、人間の世界に対する神の超越性を強調するために、礼拝は回数においても厳格に行う等、偶像を徹底的に否定する。
(5) 文化性
英国精神論の先駆者チャベリーのハーバートとは、「宗教は内面的な本性に基づく文化であって、そのことは全ての宗教にとって共通である」と述べたが、事実我々の周辺には神話や宗教儀礼に伴って生まれた音楽や絵画、舞踏、彫刻等の芸術や文学、教義、聖典、神学思想等を含めた宗教者の著作等が数多く存在する。学問的にも哲学、史学、人類学、社会学、心理学等を生み、歴史の中で多方面にわたって寄与している。
(6) 社会性(組織性)
人間が、人生の意味や意義を追求する場合、この世の中や彼岸に超越的存在を認めてこれに依存し、教義や儀礼、戒律を損奉して生活するには、同一の価値や理想を追求しようという共通の意識を持つ者同士が、宗教団体や教団と呼ぶ社会組織を形成する。日本の宗教学者の中で、特に大きな影響力を発揮した岸本秀夫(※)は、宗教が特定の信仰において社会の中に集団を組織し、その集団活動が宗教現象として、どのような形態と性質を備えているかについて考察することは、宗教の理解の為に必要なことであるとした。
※岸本 英夫(きしもと ひでお、1903年6月27日 - 1964年1月25日)は、日本の宗教学者。東京大学教授、東京大学附属図書館の館長などを歴任。文学博士(東京帝国大学)。ユニテリアン主義である日本自由宗教連盟の理事長。
(7) 信仰と儀礼
宗教は、信仰と儀礼から成り立つ。
信仰は、キリスト教や仏教等のそれぞれの宗教が持つ神話や教義に基づいて、思想や観念の内容を指す場合と、神仏への信心やキリストへの信仰といった宗教に対する独特かつ真剣な境地や心構えを指す場合とがある。
儀礼とは、信仰を言語で表現するだけではなく、行為によって表現される場合に行われる。それは、第三者が見て、確かにそっれと判断できるような一定の宗教的行動と形式が儀礼の特徴である。
信仰と儀礼から宗教を考えて見ると、思想面が信仰で行為面が儀礼と言えるが、実際にはそう単純に割り切れるものではなく、多くの宗教的心情の動きは、言葉にしがたい性質のものである。
3 宗教の定義
宗教について、大勢の宗教学者が様々な分野にわたって定義づけているが、それが簡単にできる性質のものでないことは明白である。
それ程宗教は奥が深く、かつ人間に密接に関わってきた。まさに宗教は、人間の歴史の中で人間を越えた「聖」に基づく神観念により、諸民族独特の信仰形態に支えられ、人間社会の中に儀礼を伴って溶け込み、精神的統合を果たしてきた。
対する人間は、神聖にして宇宙的な存在原理に起因する宗教を、自分達の生命活動の中に取り込み、通常の方法では解決不可能な不安、苦悩、死等という宿命的な業や罪を解決して、苦しみの世界から脱出して、絶対安楽の世界を獲得する魂救済の道を見いだそうとした。まさに、宗教と人間は車の両輪の如く、「聖」に結びついて互いに歩む間柄である。
前述した宗教学者の岸本英夫は、その著書『宗教学』の中で、「宗教とは、人間生活の究極的な意味をあきらかにし、人間の問題の究極的な解決に関わりを持つと人々によって信じられている営みを中心とした文化現象である。」と定義した。私は、「宗教とは、人間存在の究極的な解決を図るための、聖に基づく文化の総体である。」と定義したい。
(完)
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