タバコは何処にあったかなとカーディガンのポケットをまさぐっていると、チクッと刺すような痛みを覚えた。
トゲでも刺さったかなと思ったら、蜂がもぞもぞしていた。
冬なのに。
これが二度目なので、結構あせった。
20年前、友達に「つぎ刺されたら、死ぬぜ。」と警告されたからだ。
「蜂に刺されてアナフィラキシーショックになるまで何分かかりますか?」
とGoogleで検索してみたら15~30分くらいでショック症状が現れ、処置を怠ると死に至るみたいなことが書いてあるから、「あーァ、これでもうお仕舞なんだ。残り30分の人生、何が一体できるだろう。」と必死に考えた。
まず、トイレに入って、次いでコーヒーを一口飲んだ。
午後3時19分。
そうだ、確か調理用赤ワインが一本残っているはずだ。それでもいいから飲もうとコルクを抜き、トクトクトクトクとグラスに注ぎ、飲んだ。
音を聞きつけた妻が台所に来て、
「あらやだ。昼間っから酒飲んでる !」と蔑むような眼差しを向けてきた。
「うん、今日はチョッと思うとこあって...」とボトルを抱えショボショボとぼくは二階に上がる。
飲んで考えた。
そして、また飲んで考えた。
そして、またまた飲んで考えたら、なんかおつまみも欲しくなった。
台所にはサラミもチーズもオリーブも、何もなかった。鶏ハムはあったけど好きじゃないので、脇に避けた。
卵だけはあった。
なので卵焼きホットサンドイッチを作った。
その音を聞きつけた妻がまた台所に来て、
「晩御飯まで待てないの?」と再び蔑むような眼差しを向けた。
「うん、今日はチョッと思うとこあって...」と作ったサンドイッチを持って二階に上がる。
まあ良い人生だったんじゃないかな。
娘は立派に育って、自立しているし、妻は脳卒中から回復したし、もうぼくの役目は終わったよな。と、めそめそしていたら、「ごはんよー」と呼ばれた。
「いいよ、いいよ、もう十分飲んだし十分食べた。思い残すことなんて何にもない。」そう妻に伝えると。
「だから、言ったじゃない。ごはん前にそんなに食べるから。」
もう三日も経つので、多分症状は出なかったんだと思う。
ただ、3 x 4 cm楕円形のほっこりした腫れと、かなりの痒みを伴っている。