ワタシにはワタシの地獄があるし

あなたにはあなたの人生の地獄がある。
想像も出来ない苦しみを
想像することを止めて
人の苦しみを
"ポジティブ思考"なんてワードで
片付けようとしたり、軽く扱ったりする人や
時に面白おかしく消費することに
疑問を持たない人がいるけれど。
人の辛さや苦しさや悲しみの感情を
なかったことにしたりする人がいるけど。


表には出さないけど

それぞれが心の中で何かと戦っていて

他の人には知る由もない事情を

それぞれが抱えて生きている。

苦しくても頑張って生きていて。

それを当たり前にされて

苦しさの居場所が

どこにも見当たらなくて

どうしようもなく苦しいのも

少しは分かるつもりです。


死にたいと思うことと

実際に死ぬことの間には

きっと本能的に湧き上がる

死への恐怖という高い壁があって

その壁を超えるには

何らかの尋常でないトリガーが必要だけど

死にたいなら死ねばいいと言う人には

多分それが伝わらない。


助けてと言ってもだれも助けてくれないし

惨めな気持ちになるだけということを

ワタシも知っています。


だから

助けを求める先を間違わないでください。


「死にたい」という思いと並走する日々は

人に云えず深い闇の中にいるようで

追い払っても何度も引きずり込まれそうで

いっそのことと思うかも知れませんが。

きっと違います。

本当に求めているのは

消えることではなく

一時の安堵や心の平穏や安心や

何よりも休める場所じゃないですか?


どの口が云うんだと思われるでしょうが。

自裁は助かってしまうリスクがあります。

命は助けてもらっても

その先は救いのない暮らしが続きます。

あっ、治療に保険は効きませんから

お金もすごく掛かります。

求める先に逝けないそんなリスクの壁を

越えられますか?


どんなひどい言葉も

あなたにとっての

「助けて」だと思っています。

他人のせいにしても

何か変わるとは思えないけれど。

どうか全てを自分のせいだと

思わないでください。